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中川恵一「がんの話をしよう」

医療・健康・介護のコラム

私ががんで死にたいと考える理由

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友人を相次ぐ突然の死で亡くして

私ががんで死にたいと考える理由

 「私は、がんで死にたい」

 そもそも、人間の死亡率は100%。死ななかった人は一人もいません。さて、その死に方ですが、「ピンピンコロリ」が、いまの日本人の理想と言われます。ずっとピンピンと元気で長生きをして、突然コロリと苦しまずに死にたいというわけです。

 実は、最近、がん医療に携わる親しい医者を立て続けに亡くしました。47歳と62歳の若さです(合掌)。 ともに、仕事場での、何の前触れもない突然の死で、おそらく、心筋梗塞(こうそく)と思われます。まさに、「ピンピンコロリ」型の亡くなり方と言えます。

 しかし、私は、心臓発作などで、ある日突然死ぬのは、ゴメンです。やり残したこともありますし、燃やしておかなければならないものも山ほどあります。パソコンのデータはいったいどうなるのでしょうか。遺書だって書いておきたいですね。やはり、人生を整理し、締めくくる時間がほしいです。

がんで死ぬまでには数年の猶予が

 がんは治らないと分かってからも、亡くなるまでには数年の猶予があります。そして、死の直前まで、痛みなどの症状をとって、うまくつきあえば普通に生活できる病気です。

 がんは人生の縮図、時計の針の回る速さがアップするだけのことです。つまり、がんで死ぬことは特別なことではないのです。悠久の時の流れのなかでは、しょせん人生はほんの一瞬です。そして、よい人生かどうかは、時間の長さとは関係ないはずです。

 今の日本人は、死なないという錯覚にとりつかれているように思います。しかし、がんは、命には限りがあることを思い出させてくれます。ラテン語に、メメント・モリという言葉があります。「死ぬことを忘れるな」という意味の警句ですが、古代ローマでは、将軍の凱旋(がいせん)のパレードの際にも使われたと伝えられます。将軍は今日絶頂にあるが、いつ死ぬかわからないといさめたのです。

膀胱がんを経験して

 現代において、がんは、まさに、メメント・モリの役割を担っています。

 以前も書きましたが、私もがん経験者です。2018年の年末に、膀胱(ぼうこう)がんの「内視鏡切除」を受けました。まだ、2年半くらいしか経っていませんから、経験者というより「がん患者」と呼ぶべきかもしれません。

 日本人男性の3人に2人が、がんになる時代ですから、「がんになることを前提にした人生設計が必要」などと発言してきました。しかし、正直、まさか自分が罹患(りかん)するとは思っていませんでした。私はたばこを吸いませんし、運動は毎日行っていて、体重も若い頃のままです。「なぜ私が」と否認したい気持ちでした。

 しかし、私がこのがんにかかった理由などありません。運が悪かったとしかいえないと思います。

 所詮(しょせん)、生き物である私たちは、自分が死ぬ、あるいは重い病気になるといったことは本能的に考えないようにプログラムされているのかもしれません。ただし、このことは私にとって、まさにメメント・モリ。よい体験をしたと思っています。

がんになって深まった人生

 西行は、「花の下にて春死なむ」と願い、一茶は、「死支度致せ致せと桜かな」と詠みました。かつて、日本人には、死に親しむ伝統があったのですが、いまでは、死は生活にも意識にも存在していません。

 私もそうですが、がんになって人生が深まった、生きることのすばらしさがやっと分かった、がんになって良かったという患者さんは少なくありません。

 やはり、「がんで死にたい」、と心の底から思います。(中川恵一 放射線科医)

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中川 恵一(なかがわ・けいいち)

 東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。
 1985年、東京大学医学部医学科卒業後、同学部放射線医学教室入局。スイスPaul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、社会保険中央総合病院(当時)放射線科、東京大学医学部放射線医学教室助手、専任講師、准教授を経て、現職。2003~14年、同医学部附属病院緩和ケア診療部長を兼任。患者・一般向けの啓発活動も行い、福島第一原発の事故後は、飯舘村など福島支援も行っている。

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1件 のコメント

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圧縮された言葉や事象の横にある情報と理解

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

たばこや酒に溺れても種々のがんや循環器系疾患にならない人がいます。「私がこのがんにかかった理由などありません」という先生の発言は、要するに現時点...

たばこや酒に溺れても種々のがんや循環器系疾患にならない人がいます。「私がこのがんにかかった理由などありません」という先生の発言は、要するに現時点での一般論の膀胱(ぼうこう)がん好発要因が見当たらないというだけの話です。逆に考えれば、人間の記憶や記録のいい加減さも含めて、がん検診の重要性を教えてくれます。今でこそ原発不明がんは減りましたが、画像診断機器の進歩の前は、すごく診断に苦慮されたのではないかと思います。「私は、がんで死にたい」という先生の言葉は、すごく誤解を招く表現であって、そう思うに至った様々な出来事の記載がなければ、生きることと死ぬことの間にある理解や感情について他者に伝わりづらくなります。先生にとって、生きる喜びとは何でしょうか? がんになってよかったのではなく、がんを理由に生き方をいろいろ変えられたのがいいのであれば、アプローチもまた変わることになります。様々な死に方や疾患との比較が横にあることも分かります。

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