文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

いつか赤ちゃんに会いたいあなたへ

医療・健康・介護のコラム

無精子症発覚で、やむなく精子提供 妻が望まぬ治療を無理に進めた悲しい結末

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

不本意ながら精子提供を受けることに

無精子症発覚で、やむなく精子提供 妻が望まぬ治療を無理に進めた悲しい結末

 Hさん夫妻が子どもを持つために残された道は、養子縁組をするか、非配偶者間人工授精(AID…無精子症などの男性不妊のケースで、夫以外の男性ドナーの精液を使用して人工授精をし、妊娠を試みること)をするか、という二択になりました。ここで夫婦の意見が分かれたそうです。

 HさんはAIDには反対で、それをするくらいなら養子縁組で子どもを迎えたほうがいいと思いました。夫以外の精液を使用しての治療は、どうしても気が進まなかったのです。一方、夫の方は、あくまでもHさんが妊娠することにこだわりました。夫は一人っ子長男で、その家の跡継ぎとされていたので、「早く跡継ぎの子どもを産んでね。うちは男の子が必要なんだから」と両親から前々から言われていたのです。そのためには、養子ではなくて、どうしても妻が妊娠する必要があると考えているようでした。二人の意見はまったく合わず、平行線のままだったのですが、何度かの話し合いの末、不本意ながらもHさんが折れることとなってしまいました。

治療に嫌悪感 「本当につらかった」

 ここからHさんの更なる苦悩が始まりました。AIDを行っている病院は、Hさんが住んでいる地域にはなく、当時それを受けるためには東京まで行く必要がありました。Hさんは連携している地元の病院で卵胞を育てるための注射などの準備の治療を行い、AIDを受けるために東京の病院まで通うことになったのです。夫婦で初めて病院に行き、夫ではない他人の精液での治療を受けたとき、Hさんはその何とも言えない違和感と嫌悪感でたまらなく苦しくなったそうです。「本当に本当につらかった。受けたくなかった」と涙をこぼしました。

 それでも、「こんなにつらい思いはしたけれど、これで子どもができて、夫婦が幸せになれるのなら、自分が我慢すればいい。生まれてくる子どものことも、きっと愛せると思う。きっと大丈夫……」と必死で気持ちを持ち直したそうです。

 しかし、妊娠判定日を迎えたHさんは、残念ながら妊娠していませんでした。「あんなにしんどい思いをしたのに、妊娠できなかったなんて……」と、Hさんは絶望したといいます。もうあんな思いはしたくない。子どものことはあきらめようと思っていました。けれども、夫は違ったのです。「また次回がんばろう」と言い出しました。

 Hさんは信じられない思いで夫の言葉を聞いたそうです。「私はもう絶対にしたくない! いったい誰のせいで、私がこんなにつらい思いをしなくちゃならないと思っているの? 私は何も悪くないのに」と、決して言ってはならない言葉が口から出そうになるのを必死でこらえました。夫だってつらいはず。いや、きっと彼のほうがつらいに違いない。それでも子どもを望んで頑張ろうと言っているのだから、私もまた頑張らなくてはならない……。それはまるで自分に言い聞かせるように、何度も何度も心の中でつぶやいたそうです。

抵抗感を抱えながらルーチンのように治療

 それからHさん夫婦は、繰り返し、その治療を続けたそうです。その間、二人はこの治療を行っていることを誰にも言うことができませんでした。自分と同じAIDを行っている人はいないだろうとは思いながらも、治療自体は通常の人工授精と変わりがないため、なんとか妊娠に結びつく方法はないかと、常に目を皿のようにして検索したりもしたそうです。

 治療についての情報が欲しくて、いくつかの妊活のコミュニティーに属していたHさんは、そこで出会った「治療仲間」にも、「今、人工授精をしているの」と告げていました。確かにウソではありません。けれども自分が隠し事をしていることは、罪悪感を伴いました。「自分たちがAIDをしているということは誰にも一生言えない」とHさんは思っていたし、夫も、そのことは一生二人だけの胸に秘めておこうと話していました。もちろん家族に話すことなど絶対にできません。そのように秘密裏に治療を行うことも後ろめたさが伴い、それもまたHさんを苦しめることになりました。

 「治療を始めて1年を過ぎたころには、もう様々な感覚が鈍くなってきてしまって……。治療をすることへの抵抗感だけは相変わらずで、その嫌悪感は続いたんですけど、高額な費用をかけて東京まで行って、心の底では受けたくもない治療を受けることが、まるでルーチンのようになってきてしまっていました。夫もただ淡々と治療を続けることが当然という感じになっていて、二人とも普通の会話や楽しむことができなくなっていたように思います」とHさんは話してくれました。

 人工授精の妊娠率は5~10%程度と言われており、決して高くありません。Hさんも努力が実らず、なかなか妊娠できませんでした。そうして、約2年が過ぎたころ、ついにHさんに精神的な限界がやってきたそうです。

3 / 4

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

meet-baby_title2-200-200

松本亜樹子(まつもと あきこ)

NPO法人Fine理事長/国際コーチング連盟マスター認定コーチ

松本亜樹子(まつもと あきこ)

 長崎市生まれ。不妊経験をきっかけとしてNPO法人Fine(~現在・過去・未来の不妊体験者を支援する会~)を立ち上げ、不妊の環境向上等の自助活動を行なっている。自身は法人の事業に従事しながら、人材育成トレーナー(米国Gallup社認定ストレングス・コーチ、アンガーマネジメントコンサルタント等)、研修講師として活動している。著書に『不妊治療のやめどき』(WAVE出版)など。
Official site:http://coacham.biz/

いつか赤ちゃんに会いたいあなたへの一覧を見る

最新記事