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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

臨床試験を勧められています。参加した方がよいのでしょうか?

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新薬を使えないのは「はずれ」?

 では、臨床試験に参加するメリットとは何でしょうか。「未来の標準治療となるかもしれない新しい治療を受けられること」「安全性への配慮が行き届いたより慎重なケアを受けられること」「未来の医療に貢献できること」などが挙げられます。臨床研究コーディネーター(CRC)が関わってくれることも重要で、「臨床試験に参加して一番よかったのは、CRCさんがついてくれること」とおっしゃる患者さんもおられます。治験の場合は、薬代などの費用負担が少なくて済むのもメリットと言えるかもしれません。

 臨床試験に参加するマイナス面としては、「治療や検査のスケジュールがきちんと決められているのを負担に感じること」「新薬の副作用が起きるリスクがあること」などが挙げられます。多くの第3相試験では、「現在の標準治療(標準治療グループ)」と「現在の標準治療と新薬の併用(新薬併用グループ)」を比較するのですが、この場合、臨床試験に参加する患者さんは、自分の意思ではなく、担当医の意思でもなく、ランダムに決められた方のグループに振り分けられて、そのグループの治療を受けることになります。しかも、自分がどちらのグループに入っているのかわかってしまうと結果に影響してしまうため、標準治療グループに入った患者さんには、新薬の代わりに「プラセボ」という偽薬(薬としての作用のないもの)が投与されます。こういう臨床試験を「ランダム化比較試験」といいますが、くじ引きのような形で治療内容が決められることや、プラセボを使うことに抵抗を感じる患者さんもおられます。

 また、新薬に期待しすぎると、新薬併用グループに入ることが「当たり」で、標準治療グループは「はずれ」と思いがちです。しかし、現時点では、新薬を併用した方がよいのかどうかはわかっていませんので、どちらかが「当たり」というものではありません。どちらのグループも、標準治療以上の治療は行われますので、現在の標準治療よりも有効性で劣ることはほとんどなく、どちらも「はずれ」ではないとは言えます。

ともに育みたい臨床試験の文化

 「人体実験の実験台にはなりたくない」と言う患者さんもおられます。実験的な治療という側面がないわけではないのですが、倫理的な配慮は念入りにされていますので、納得できるまで説明を聞いてみてください。一度臨床試験に参加したら、自分の意思に反して、どんなにつらくても無理やり治療が続けられる、というような誤解もあるようですが、そんなことはなく、臨床試験に参加している場合はなおさら、安全性が重視され、患者さんの意思が尊重されます。

 臨床試験の説明を受ける際には、どんなことでも担当医やCRCに尋ねて、懸念を 払拭(ふっしょく) しておくことが重要です。臨床試験に参加しないとしたら、どのような治療が選択できるのか、担当医として臨床試験に参加するメリットをどう考えているのか、ということもぜひ聞いてみてください。コミュニケーションのきっかけにもなるはずです。そして、十分に納得できたら、ぜひ臨床試験に参加してください。そして、担当医やCRCと力を合わせて、治療に取り組んでください。

 臨床試験を勧められた場合のアドバイスを書かせていただきましたが、「臨床試験にとても興味があるのですが、私がかかっている病院ではやっていません」という声もよく聞きます。臨床試験に興味を持ってくださるのはとてもありがたく、機会があればご参加いただきたいところですが、そういう機会がなかったとしても残念に思う必要はありません。臨床試験で受ける新しい治療は、未来の標準治療になる可能性はありますが、本当にそうなるかどうかはまだわかりません。臨床試験を受けるために無理して転院しようとするよりも、今かかっている病院で、担当医とよく話し合いながら、現在の標準治療をきちんと受ける方が確実な気がします。

 私は、全国規模の臨床試験グループである「西日本がん研究機構(WJOG)」で、乳腺グループの代表を務めています。WJOGでは、これまでに数多くの臨床試験を行い、標準治療の確立にも貢献してきましたが、すべては参加してくださった患者さんのおかげであり、心より感謝しています。よりよいがん医療を切りひらくために、これからも、様々な形の臨床試験に積極的に取り組んでいきたいと考えていて、そのためには、患者さんのご協力が欠かせません。最近は、臨床試験の計画段階から患者さんの声を取り入れることもあり、患者さんと医療者が同じ方向性で取り組むことが重要だと感じています。欧米と比べて、日本では、臨床試験の文化が根付いていないという話もありますが、これからは、日本も世界の新治療開発をリードできるように、臨床試験の文化を、患者さんとともに育んでいければ、と思っています。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)

【お知らせ】 2021年7月に 日本乳癌(がん)学会の総会 が開催されます。この中に「Patient Advocacy Leadership(PAL)」という患者さん向けの企画があり、7月1日から8月31日までの間、オンデマンドで視聴することができます。この企画の視聴のみであれば、患者さんは無料で登録可能です。私も登壇し、患者さんたちと、臨床試験の今後のあり方について議論していますので、ぜひご覧ください。

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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