文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

山中龍宏「子どもを守る」

 子どもは成長するにつれ、事故に遭う危険も増します。誤飲や転倒、水難などを未然に防ぐには、過去の事例から学ぶことが効果的です。小さな命を守るために、大人は何をすればいいのか。子どもの事故防止の第一人者、小児科医の山中龍宏さんとともに考えましょう。

妊娠・育児・性の悩み

なぜ赤ちゃんを「洗濯機の上」に置くのか?…同じ転落事故が続くわけ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

 転落はどの年齢でも見られますが、乳児期は発達の影響を最も強く受けます。乳児は、大人の保育者にとって都合のいい高さに置かれることが多く、そのため、ベビーベッド、おむつ交換台、診察台、ハイチェアなどからの転落が多発します。高い位置で寝返りやハイハイをし、障壁がなかったり、拘束されていなかったりすると転落してしまうのです。

なぜ赤ちゃんを「洗濯機の上」に置くのか?…同じ転落事故が続くわけ

イラスト:高橋まや

90センチくらいの落差が

  私のクリニックに、以下のような赤ちゃんが来ました。

事例1 :4か月女児。第1子。父29歳、母29歳。2020年10月25日、午後6時半ごろ、洗濯機の上から落ちた。下はゴム製の床で硬い。父が見ていて、母は見ていない。翌日の午前中の外来に来た。特に所見はなく、経過観察とした。

事例2 :3か月女児。第1子。父29歳、母19歳。2021年2月14日夜、風呂上がりに洗濯機の上から落ちた。下はフローリング。父が見ていて、母は見ていない。父親の話だと、頭は打っていないとのこと。翌日の午後、予防接種の受診時に「大丈夫ですか?」と聞かれた。とくに所見はなかった。

 こうした事故は、以前からたくさん起こっています。以下は、2006年から医療機関で収集し、産業技術総合研究所で整理した傷害データベースからの引用例です。

事例3 :0歳男児。寝返りできない。入浴前に男児を浴室の洗濯機の上に置き、その場を離れたところ転落。物音で気づいた。いつもは洗濯機の上には置かず、父が初めて置いてしまった。外見上ケガなし。

事例4 :0歳女児。寝返りできない。お風呂に入れる前に、洗面所の洗濯機の上にのせていた。母は準備をしようと浴室に行き、目を離していた。転落の音を聞き気づいた。

事例5 :0歳女児。子どもとお風呂に入るため、父が子どもを洗濯機の上に置き、服を脱いでいたところ転落。泣き声で気づいて見たところ、フローリングの床にうつぶせになっていた。

事例6 :0歳女児。寝返りができる。お風呂に入れるため、洗濯機の上にのせていた。母が目を離したスキに自分で暴れ、フローリングの床に転落。泣き声で気がついた。

 洗濯機にはいろいろな種類があり、形状もさまざまですが、蓋が洗濯機の前面に向かって緩やかに傾斜している場合は滑りやすくなると思われます。洗濯機にのせるとき、赤ちゃんは裸でなく、肌着とおむつをつけているはずです。裸の場合は、蓋の上にタオルを敷いて、その上に裸の赤ちゃんを寝かせているはずです。肌着やタオルなどで滑りやすい上に、蓋の傾斜が加わって、寝返りしなくても転落してしまうのです。洗濯機の蓋の位置からは90センチくらいの落差があり、ここから転落すると入院が必要な頭部外傷となる可能性もあります。浴槽の蓋の上や洗面台にのせたり、テーブルの上にのせたりした場合にも同じような状況が起こります。

事例7 :0歳男児。沐浴後、テーブルの上にタオルを敷き着替えさせていた。少し目を離したときに転落した。

「最近の若い親は…」と言っても防げない

 こういう転落事故については、聞いたことがない人が多いと思います。「信じられない!」「そんなところに赤ちゃんをのせれば、落ちることくらいわかるはずだ」「最近の若い親は……」など、いくらでも意見を言うことはできます。しかし、それでは転落の予防はできません。

 実際に洗濯機から赤ちゃんを落としてしまった保護者は、「パパがそんなところに置いたから悪い!」「あれほど目を離さないように言ったのに!」「私の不注意で……」「まさか、そんなところから落ちるとは思わなかった」と非難したり、反省したりしますが、それでもこの転落は予防できません。保護者は「こんな小さな子どもだし、動かない」と思い込んでいるので、のせても大丈夫だと判断してしまうのです。

 「私の不注意」で終わらせてしまうと、起こった事故の情報は記録されず、どこにも伝わりません。情報がなければ、事故は起こっていないことになり、また同じ事故が同じように起こり続けるのです。

1 / 2

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

yamanaka-tatsuhiro_prof

山中 龍宏(やまなか・たつひろ)

 小児科医歴45年。1985年9月、プールの排水口に吸い込まれた中学2年女児を看取みとったことから事故予防に取り組み始めた。現在、緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。NPO法人Safe Kids Japan理事長。キッズデザイン賞副審査委員長、内閣府教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員も務める。

山中龍宏「子どもを守る」の一覧を見る

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事