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宮脇敦士「医療ビッグデータから見えてくるもの」

医療・健康・介護のコラム

ビッグデータは何が「ビッグ」なの? どんどん溜まっていく 圧倒的なサイズ感の持つ強みとは

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統計学的な差が得られなかったアビガンの臨床試験

 では、ビッグデータを利用する利点は一体何なのでしょうか?

 まず何と言っても、そのデータのサイズです。日常的に収集されるデータであるため、何百万、時には何億、何兆にも上ります。このサイズ感は、ビッグデータの圧倒的な武器になります。

 データのサイズ感が重要である例を一つあげましょう。

 昨年、新型コロナウイルスが流行し始めた頃、期待を集めた日本産の薬がありました。ファビピラビル(商品名:アビガン)です。

 2020年3月上旬から5月中旬までの間に、医師主導による臨床試験が行われました。この臨床試験に関しては色々と議論がありますが、とりあえず、結果は69人(投与した群36人 vs [最初は]投与しなかった群33人)を比較して、6日目までのウイルス消失率が66.7% vs 56.1%だったとのことでした(https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000006eya.html)。

 一見すると、投与した群の方が、ウイルス消失率が高く、効果があるように見えます。しかし、この研究では残念ながら、統計学的に意味のある差(有意差)は認められませんでした。

もし10倍の人数を集められていれば……

 ここでいう統計学的な差を表す数字がP値(Pはprobability=確率のPです)というもので、この臨床試験ではP値=0.27でした。

 これは、仮にアビガンの効果がまったくなかったとしても、同じような試験を繰り返しやったら、今回みたいな10ポイント近くの差が、4回に1回くらいは出てしまう、ということを意味しています。

 こういった偶然に起きてしまう確率が、20回に1回未満(P値<0.05)になってくると、その差は統計学的に「ありそうな」差、とみなされます。

 事後的にはなってしまうので、本当はやってはいけない計算なのですが、もしこの臨床試験が、10倍の600人ほど集められていれば、かなりの確率で、統計学的に意味のある差を見いだすことができたと推計されます(厳密にはP値<0.05となる確率が80%以上という意味です)。

 このように、サンプル数が少ないというだけで、「効果があるのか、ないのか、何とも言い難い」という結果になってしまうことがよくあります。

大きなサンプルサイズだからこそ証明できること

 ここに、数百万単位のデータを用いた分析の意義があります。

 もちろん臨床試験とビッグデータを用いた研究を同列に扱うべきではないのですが、それでも、意味のある差であれば、大きなサンプル数を用意して、その差を統計学的に証明することができます(逆に言えば、それでも差が証明できなければ、本当に差がないということになります)。

 また、コストの点もビッグデータの利点です。ビッグデータは、ほうっておくとどんどん「勝手に」溜まっていきます。そのため、わざわざ自分からデータを集めにかかる必要がなく、その手間やかかる費用が圧倒的に安くすみます。

 上記のアビガンを始めとする厳格な「臨床試験」はお金も時間も人手もかかります。それが、対象者数を十分に集められなかった大きな原因であり、このような問題は世界中で起こっています。そのため、ビッグデータを用いてまず関連がありそうかを検討し、それをクリアすれば臨床試験に進む、という流れも一部にあります。

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miyawaki-atsushi_prof

宮脇 敦士(みやわき・あつし)

 2013年、東京大学医学部医学科卒業、医師免許取得。せんぽ東京高輪病院・東京大学医学部附属病院で初期研修後、東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻にて、医療政策・応用統計を専攻し、19年に博士号取得。東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室助教、UCLA医学部客員研究員を経て、23年7月から同大学ヘルスサービスリサーチ講座特任講師。大規模データを用いて良質な医療を皆に届けるにはどうすればよいかということを研究している。

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