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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track14】ライブハウスでの演奏で「荷下ろしうつ」から救われた50歳男性

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かつて大好きだった音楽に

 サガラさんは、その頃からぐっすり眠れず、夜中に何度も目が覚めてしまうようになり、次第に仕事への集中力も落ちてきたそうです。週末には、実家に帰ることもなくなった分、時間を持て余して、昼間から焼酎を飲み、母親のことを思い出したり、古い音楽を聴いたりして過ごしているようでした。

 そんな自分自身が心配になり、あるメンタルクリニックを受診したところ、母親の他界に伴う「荷下ろしうつ」の状態と診断され、抗うつ薬の処方を受けました。それは、現在のうつ治療の主流である「SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)」の一種、「エスシタロプラム」で、服用を始めると睡眠の状況は若干改善したものの、なんとなく物憂い気分は続いており、全快にはほど遠い、と自覚していたとのことでした。

 この薬の効果が次第に発揮されることで、より深刻なうつ病への増悪は防げるだろう――、私はそう推測しました。しかし、本来のサガラさんを取り戻すためには、その時に空いている「心の空白」を、何か別のもので埋めることができないだろうかと考えました。それも、まったく未知のことではなく、彼にとってなじみがある何かによって。

 そこで、彼の週末の過ごし方をもう少し詳しく尋ねてみました。昼間の飲酒は勧められるものではありませんが、サガラさんが愛聴している「古い音楽」のことが気になりました。

 彼は、大学生のころから、アメリカのカントリーミュージックが好きなようでした。そして、唯一といってもいい趣味とは、子供の頃に習っていたバイオリンでした。学生時代には、カントリーのバンドに所属し、フィドロのパートを務めていましたが、社会人になってからは、もう当時の仲間と会うこともなくなっていたようです。私も学生の頃に、カントリーが好きな友人から勧められて聴いていたミュージシャンを話題にすると、サガラさんは、それまでとは人が変わったような笑顔を見せ、「まさか、先生と、Tony Rice の話になるなんて思いませんでしたよ!」と喜んでくれました。

※アメリカのブルーグラスミュージック界を代表するギタリスト。2020年12月永眠

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 2021年5月には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 「リンゴの赤」 をリリースした。

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