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落語家 三遊亭円楽さん

一病息災

[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(番外編)病気との人生は「ひと月単位」「3か月単位」だから自粛はつらい…俺にもう少し走らせてくれ

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肺がんで呼吸が変わって早口が直った。人情噺をじっくり

[落語家 三遊亭円楽さん]肺がん(番外編)病気との人生は「ひと月単位」「3か月単位」だから自粛はつらい…俺にもう少し走らせてくれ

――肺がんは、治療で肺を切除するので、どうしても心肺能力が低下しますが、落語の方は、長いお話もあります。体力の面では大丈夫ですか。

 亡くなった歌丸師匠は 誤嚥(ごえん) 性肺炎でちょくちょく入院していたけど、言ってました。「鶴」っていう落語があるんですよ。「つーーーーーーっと飛んできて」て言うの。「つー」がどこまで続くかで、自分の呼吸がわかるって。「鶴」もやりますけど、いい噺はほかにもあるので、落語でどこまで息が続くか見ていますよ。

 面白いのは、肺がんをやって呼吸がちょっと変わったんですよ。今まではポンポンとたたみ込むような話ができた。今は息が切れちゃうから、たたみ込まないで少しゆっくりやるようになった。自分の呼吸でやるから早口が少し直ったね。病気は全部が害じゃない。人情噺で思い入れがゆっくりできるようになったの。ぐっと抑え込む。

――がんとの付き合い方について特に意識していることはありますか?

 がん患者が一番怖いのは、再発転移ですよ。それ、もう経験しちゃったからね。先生は「また、出てきたらたたけばいいんだから」と言ってくれる。「モグラたたきですけど、どんどんいい薬が出てきているから、仕事ができる喜びで頑張ってください」って。病気がまたいたずらをして、弱っていって、そこで寿命だと思う。だから、まだ仕事ができて、ゴルフができてバランスよくしゃべれているうちは大丈夫だと思ってる。

――日本テレビ系の「笑点」には、27歳から44年出演されていますが、師匠にとってこの番組はどういう意味がありますか。

 芸人としては大きいですよ。どこに行っても高座に上がった時の安心感がお客様にあるんです。知名度や“知顔度”があるから、お客さんが知っていてくれる。笑点だけ見て、ツイッターなんかで「下手くそ」とか書かれることもあるけど、ちゃんとナマの高座を見ていただきたいですねぇ。出来、不出来はあるけど(笑)。

落語は最高のエンターテインメント、好きなことができる喜び

――最初の入院の時も退院翌日には独演会、脳転移の治療の時には、入院中に外出許可をもらって10日間、国立演芸場で高座を務めました。すごい責任感ですね。

 責任感なんかじゃないですよ。好きだからでしょ。自分が好きなことをできる喜び。それですよ。

――とにかく落語がお好きなんですね。

 日本人が考えた最高のエンターテインメントだと思っているんです。座布団の上、一人で小宇宙を作れるんだから。こんな芸事を考えてくれた先人に感謝ですよ。次にバトンを受け取る年下の良いヤツらがいっぱい出てきている。そのことの幸せ。でも、もう少し俺にも走らせてくれ。抜いていってもいいよ。もう、抜いていったヤツは何人かいるけどね。でも、まだまだ場面によっては俺が必要なところもあるから。現役を引退したらね。落語評論家になって、人の落語をきちんと評論したい。それと今もやってるけど、落語プロデューサーになって、全国で落語の会を企画していきたいね。

三遊亭円楽(さんゆうていえんらく)
 1950年生まれ、東京都墨田区出身。青山学院大学在学中に五代目三遊亭圓楽に入門。名前は三遊亭楽太郎。1977年、日本テレビ系「笑点」のメンバーに。81年真打昇進。2010年、六代目三遊亭円楽襲名。本業の落語で独演会を勢力的にこなすほか、多くのテレビ、ラジオに出演してきた。「博多・天神落語まつり」や「さっぽろ落語まつり」のプロデューサーも務めている。

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