Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
医療・健康・介護のコラム
人間はいつか、がんで死ななくなると思いますか?
「人間はいつか死ぬ」という乗り越えられない事実
私は、人類が人類である限り、がんという病気はなくならないと思っています。
この世界に生まれた人間は、徐々に年老いて、病気になり、やがて死を迎えるというのが自然の摂理です。科学技術の進歩で永遠の生命が得られる日が来る可能性はゼロではないかもしれませんが、もしそうだとしたら、永遠の生命を得た存在は、もはや、人類とは呼べないのではないかと、私は思っています。
人間とは、いつかは死ぬ存在であり、それは乗り越えられない厳然たる事実です。死を内在するからこそ、その存在に価値が生まれるというのは、古来多くの人々が語ってきたことです。がんという病気は、誰もがなりうるものであり、年齢を重ねるごとに、その頻度は増していきます。病気というよりも、もともとプログラムされた老化現象に近いものだという考えもあります。
「がんの根絶」よりも大事なもの
いつかは死ぬということが自然の摂理だとしても、人間一人ひとりが、病気や死を恐れ、「長く生きたい」と願う気持ちもまた、自然なものです。その気持ちを支えながら、折り合いをつけていくのが、医療の役割なのかもしれません。
人類の歴史の中で、医療は確実に進歩し、特に近年の発展スピードは著しいものがあります。かつては制御できなかった病気も制御できるようになり、人間の寿命も延びました。がんという病気に対しても、多くの技術や薬物療法が開発され、がんにかかっても、かつてより長く生きられるようになっています。このまま進歩が加速すれば、「いずれは、すべてのがんが制御できるようになるのではないか」「人類はがんを根絶できるのではないか」と思うのも、自然な発想なのかもしれません。でも、私は、「がんの根絶」が究極の目標だとする考え方には違和感を覚えます。「がんの根絶」が、本質的に困難だというのもありますが、仮に「がんの根絶」が達成しうるものだとしても、それは人類の目指す究極の目標にはならないと思っています。
「がんを扱う医者なのに、がんの根絶を否定するとはなにごとか」と思われるかもしれません。患者さんの夢や希望を踏みにじるように聞こえるかもしれません。でも、私は、「がんの根絶」よりも大事なものがあると思っているのです。それは、「人間の幸せ」です。
「がんの根絶」を究極の目標としてしまうと、がんの根絶ができていない今の医療は不完全なものであり、がんを治せないことはダメなことになってしまいます。この考え方は、がんを抱えながら生きている方々を追い詰めてしまうことにもなります。がんが治らないとしても、いつかは死を迎えるとしても、その運命の中でできることはたくさんあります。運命を否定してそれにあらがうのではなく、運命の大きな流れにある程度身をゆだねつつ、その中で幸せを考え、日々の人生を自分らしく生きていくことが重要で、それを支えるために医療があります。
人間の幸せを考えずに、がんの根絶を目指すことに意味はありません。しかし、がんの根絶が達成できなくても、人間の幸せを考えることはできます。医療の究極の目標は、「人間の幸せ」にあるべきなのです。
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