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町田忍の昭和回想

回想サロン

赤色灯 サイレンウーウー 現場着く

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 昭和は遠くなりにけり--。銭湯や手描き看板をカメラにおさめ、お菓子のパッケージを収集するなど、庶民の暮らしを見つめてきた町田忍さんが、懐かしいあれこれをイラストにして回想します。みなさんも古いアルバムや本、新聞を引っ張り出し、町田さんのイラストと合わせて、昔を振り返ってみてはいかがでしょうか。
 記事の最後にコメント欄がありますので、よろしければ、あなたの懐かしい思い出を投稿してください。

パトカー

 イラストは、わたしが警察官時代の昭和50年ごろのパトカー。赤色灯はまだ筒形が1個のみで、サイレン式だった。1年ほどの交番勤務中、何かあると自転車で現場に駆けつけたが、110番でいち早くパトカーは来ていた。やはり、機動性があった。

 パトカーに乗る警察官は、汚くては良くないと、時間があれば車を磨いていたのでピカピカだった。サイレンを鳴らしたり、赤色灯を動かしたりして点検を怠らなかった。写真は最近のパトカーで、赤色灯は、どこから見ても点滅を確認できるブーメラン形に変わったが、警察では現在も、「パトカー」と呼ばず、略してPCと呼んでいる。

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machida_shinobu_prof

町田 忍(まちだ・しのぶ)
1950年、東京都出身。庶民文化研究家、エッセイスト。銭湯や缶ジュースなど100を超える研究テーマを持つ。著書に「町田忍の手描き看板百景-美あり珍あり昭和あり-」(東海教育研究所)、「戦後新聞広告図鑑」(同)、「マッカーサーと征露丸」(芸文社)、「銭湯 『浮世の垢』も落とす庶民の社交場」(ミネルヴァ書房)など。

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1件 のコメント

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パトカー

MrT

世の中、以前は、緊急車が接近して来ると道を譲っていたが最近は全然譲らない。真後ろで緊急車車両が「緊急車に道を譲って下さい」とマイクで広報している...

世の中、以前は、緊急車が接近して来ると道を譲っていたが最近は全然譲らない。真後ろで緊急車車両が「緊急車に道を譲って下さい」とマイクで広報しているにも関わらず譲らない車両が多いです。緊急車が現場に到着するまでのレスポンスタイムが年々遅くなっているのは、緊急車に進路を譲らない車両のせいだと思います。元警察関係者家族より。

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