中川恵一「がんの話をしよう」
医療・健康・介護のコラム
養老孟司先生の入院 「野良猫」は決して「家猫」にはならず したたかな大人の患者として
ヘビースモーカーとしても有名ですが
先日、養老孟司先生と、『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)という共著を出版しました。
養老先生は、私が東京大学の理Ⅲ(駒場)から本郷に進学した1981年、解剖学第二講座の教授に就任され、医学の基本である解剖学を教えていただきました。
私は不良医学生で、医学部の講義にはあまり出ませんでしたが、養老先生の講義には欠かさず、出席していました。先生の講義は格別に面白かったからです。そして、当時から、今に至るまで、養老先生を尊敬しています。
養老先生は医師免許をお持ちですが、臨床医の経験はありません。そして、医療に対しても、東京大学に対しても、冷ややかな目を向けてきたと言ってよいと思います。「がんもどき理論」の近藤誠医師とも意見が合うようです。ヘビースモーカーとしても有名です。
養老先生のタバコについては、いろいろな意見があることは承知しています。
ただ、ひとつ言えることは、先生は他人の受動喫煙に非常に神経を使っておられます。もちろん、男性の発がんの原因の3割が喫煙であること、肺がんのリスクは5倍近くになることなど、タバコの害もよく分かっておられます。言ってみれば、私の飲酒に近いものがあります。間接飲酒はありませんから(笑)。
体重が70キロ台から50キロ台に落ちて
そんな養老先生から、昨年6月12日、メールを頂きました。
「昨年から体重が70キログラム台から50キログラム台まで落ちて、家内が心配しています。コロナの禁足のせいか、元気がなくなり、ほとんどビョーキ状態です。(中略)健康診断の類を何年もやっていないのですが、家内に催促されています。七月に入れば、時間に余裕ができますので、どこかご推薦、ご紹介など頂けますか?
とりあえず自覚症状のようなものはとくにありません。眼は白内障、右目は以前から緑内障ですが、糖尿は間違いなくあると思います。養老 拝」
養老先生の病院ぎらいは知っていましたから、診察を受けたいとは、ただ事ではないなと直感しました。
6月24日に東大病院の地下3階の放射線治療外来にお越しになった養老先生は、生気がまったく感じられません。体重の激減から、まずは、がんを疑いました。
とりあえず、胸部から骨盤までのCT検査をしましたが、長年の喫煙のせいで、軽度の肺気腫があるくらいで、目立った異常はありませんでした。この時点で、進行がん・末期がんの可能性はかなり低くなりました。
先のメールには、「健康診断の類を何年もやっていない」(本当は何十年も、ですが)とありましたので、このとき、心電図を念のため、オーダーしました。虫の知らせだったのかもしれませんが、これがビンゴ!で、「無痛性の心筋梗塞(こうそく)」と診断を下すことができました。重度の糖尿病では、心筋梗塞による痛みを感じないことが少なくないのです。そのあとの経過は本書にある通りです。
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ベストセラー作家が高校の姉妹校出身と知ったのは最近のことですが、実際、政教分離の原則自体がただの戒めに過ぎないように、医療が政治の道具という側面から切り離せないのは難しい部分です。同じ医師資格でも専門が違い、同じ専門医資格でも更なる専門や技量に人当たりが違い、集団になれば学閥や派閥などの人間臭い世界が広がっています。ある意味で、解剖学という医療の基礎の基礎に携わり、日本の最高学府から医療政治を長く見てこられてきた人だからこそ分かるものもあるのかもしれません。バーチャル解剖医ともいえる放射線科医は、全身の疾患や検査に精通している医師も多いので、中川先生が眼球などのパーツ以外の問題をチェック、その知り合いが最低限の精査加療を行い、あとは加齢として諦め、野良猫に戻る。これは、放射線科医に信頼できる知人を作る意味ですね。一方で、その検査の意味や評価を共有し、自己責任で治療の一部の拒否を行うということは、やはり本人が基礎とはいえ医学に携わって学び続けてこられた結果なのかもしれません。したたかに社会システムを間借りするのは何も医療に限った話ではなく、いわゆる社会リテラシーとして、これからの大人の必修科目になるのかもしれませんね。
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