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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track13】私は「うつ病」などではない―自身のココロブルーを否認する会社員が治療と向き合うまで―

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 それぞれの新年度が始まりました。ただ、このコロナ禍の影響から、在宅・テレワークを余儀なくされ、知らぬ間にむしろ長時間労働に陥っている社会人も少なくありません。今回は、働き盛りの人に発症した「うつ」の事例から、その予防と対策についてお話しします。

 仕事のストレスや過労の持続は、睡眠や休養の時間を圧迫し、精神(脳)作業疲労を蓄積させることで、脳内におけるストレス適応の破綻を招く場合があります。その結果、ホルモンバランスの乱れ(視床下部、下垂体、副腎皮質系など)から前頭葉の機能低下につながり、注意・集中力に乱れが生じます。ちなみに、前頭葉は知覚や感覚、判断力や理性をつかさどっている場所です。そのため、仕事のミスが増え、根気も活気も続かなくなることから、「いつもとちがうこと(事例性)」として周りの人が「うつではないか」と気づく場合があります。

 厚生労働省作成の「うつ対策推進方策マニュアル」の中に書かれた「うつの七つのサイン」が参考になります。

うつ病を疑うサイン-周囲が気づく変化(厚生労働省)

  1. 以前と比べて表情が暗く、元気がない
  2. 体調不良の訴え(身体の痛みや倦怠感)が多くなる
  3. 仕事や家事の能率が低下、ミスが増える
  4. 周囲との交流を避けるようになる
  5. 遅刻、早退、欠勤(欠席)が増加する
  6. 趣味やスポーツ、外出をしなくなる
  7. 飲酒量が増える など

私は「心の病」などではない

【Track13】私は「うつ病」などではない―自身のココロブルーを否認する会社員が治療と向き合うまで―

 エモリさん(53歳、男性)は、造船大手の技術系管理職です。担当する工場の製造ラインのシステムを更新する作業に追われ、多忙な毎日が続いていました。技術職らしく真面目で 几帳面(きちょうめん) な反面、慢性的な過労や睡眠不足に陥っていたにもかかわらず、自身の健康には、むしろ無頓着なタイプだったようです。数年前から、高血圧と糖尿病予備軍のため、かかりつけの内科医院に通っていました。

 仕事が忙しくなってからは、以前よりもさらに血圧、血糖値が安定しなくなっており、活気がなく、通院予約の日時を何度か間違えたことなどを心配したかかりつけのT先生から、私のストレス外来に紹介がありました。

 初診の患者さんに書いてもらう問診票、それに不安と抑うつの調査票(自記式質問紙)を見ながら、診察を始めました。エモリさんの問診票に書かれていたことは、「T先生からの紹介」「高血圧」「ストレス」「他に困ることはありません」だけ。あまりにも簡潔すぎました。抑うつの調査票には、多くの設問で「問題ない」「該当しない」に〇がついていました。

 私が「T先生からのご紹介ですね」と切り出すと、エモリさんは「血圧が高いままなのは、ストレスのせいだろうといわれましたので」と無感情に言葉を返してきました。そこで私が「この書類には、お困りのことはないと書かれていますが」と尋ねると、「時期的に忙しいだけですよ。うつ病とか心の病などではありません」とそっけなく、断定的な言い方を変えませんでした。言葉も口調も、拒否的ですらあります。とはいえ、こうして精神科に来たことが「不本意」と感じることは責められない、とも私は思います。

 多くのサラリーマンに共通した傾向ではありますが、「忙しい、ストレス、高血圧」は受け入れられるのに、「心、うつ病、精神」については話題の共有が難しそうです。ただ、紹介状を持って、今日ここに来られた事実には、必ず何らかの意味があるはずです。

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 2021年5月には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 「リンゴの赤」 をリリースした。

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