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Dr.若倉の目の癒やし相談室 若倉雅登

医療・健康・介護のコラム

ほとほと困った患者さんとの問答…どうしたらいいのか、お知恵を拝借したく

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ほとほと困った患者さんとの問答…どうしたらいいのか、お知恵を拝借したく

 外来診療で、医者である私もほとほと困り果てるという事態が、年に2、3回はあります。異常ではない個人差にこだわり、「どうしても治してほしい」と頑強に求め続けるような場合です。

 今回は、読者の皆様に、そういう場合どうしたらいいのか、お知恵を拝借したく事例を紹介します。

 「目の充血」を訴える20歳代後半の女性が、診療情報提供書(紹介状)持参で来院されました。

 病的な変化はなく、ひと通り行った視機能検査でも、強めの近視以外に異常はみられません。「病気は全くないように私には見えますが……」と言うと、途端に不満顔になりました。そして、スマートフォンで撮影した目の画像を見せて、「夜になると、こんなに真っ赤になるのです」と言います。このためにコンタクトレンズもつけられないし、就活(就職活動)もできないと主張するのです。

 その画像では、確かに、現時点より結膜の血管は目立つように見えますが、目の炎症や傷などが原因の病的な充血ではないと判断できました。

 「結膜に血管があるのは当然です。充血は病気で生じるだけでなく、疲労とか、泣いたり怒ったり、自律神経の変化で強くなることがあり、また個人差も大きいのです」と説明しました。そして、たとえば就寝時などで自律神経がお休みモード(副交感神経優位)の時は充血し、活動モード(交感神経優位)になると充血が減るという生理的な変化もあるということも付け加えました。

 「目が正常だということは、何軒も眼科に行って言われているのでわかっています。『原因不明の病気を研究している医師だから』と紹介されたので、遠方からわざわざ来たのです。私はとても真剣なのです」

 かなり攻撃的な口調でそう述べます。

 紹介元の医師がどのような表現をしたのか明らかではありませんが、私に過度な期待を寄せていることは間違いありません。

 私は、個人個人が顔の造作も違い、同じ日本人でも肌や髪の色が少しずつは違うのと同じように結膜血管の状態には個人差があることを改めて説きました。言外に、「個人差を治せと言われても無理筋だ」とにおわせたつもりでしたが、ここからさらに押し問答になります。

 「じゃあなぜ、夜になるとあんなに充血するのですか」

 「先ほど言った、自律神経などの影響や、目の疲れが原因で充血するのではないですか」

 「じゃあ、疲れを取ってください」

 「ビタミン剤くらいならありますが、疲れを完全に取り除くような魔法の薬はありません。充血だけを一時的に取る収れん剤はありますが、リバウンドするので日常的に使うことは勧められません」

 「コンタクトレンズをすると角膜に傷がついて、もっと赤くなるのです。コンタクトはしてもいいのですか」

 「あなたの目の現状は、コンタクトを禁じなければいけない状態ではありません」

 「では、また赤くなったり、傷がついたら責任をとってくれるのですか」

などといった調子です。

 個人差の範囲にある充血に過度にこだわるところが病的だと考えられます。それを認めるなら心理的対処方法は伝えられますが、それを示唆的に口にすると、

 「やっぱり、心因性だというのでしょ、他の医者と同じじゃないですか」

 そして、帰り際、受付では、「診察に納得がいかないから予約診療費は払わない」と、ごねたそうです。

 医者に行けば治る、すべて解決するはず、と思い込んでいる方を説得するのは至難です。

 これも医師の一つの役割だと割り切ってはいますが、こんな反応は後味の悪いものです。ほとほと困りました。

 (若倉雅登 井上眼科病院名誉院長)

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【新】DSC06258若倉20191129-120×150

若倉雅登(わかくら まさと)

井上眼科病院(東京・御茶ノ水)名誉院長
1949年、東京生まれ。80年、北里大学大学院博士課程修了。北里大学助教授を経て、2002年、井上眼科病院院長。12年4月から同病院名誉院長。NPO法人目と心の健康相談室副理事長。神経眼科、心療眼科を専門として予約診療をしているほか、講演、著作、相談室や患者会などでのボランティア活動でも活躍中。主な著書に「目の異常、そのとき」(人間と歴史社)、「健康は眼にきけ」「絶望からはじまる患者力」「医者で苦労する人、しない人」(以上、春秋社)、「心療眼科医が教える その目の不調は脳が原因」(集英社新書)など多数。明治期の女性医師を描いた「茅花つばな流しの診療所」「蓮花谷話譚れんげだにわたん」(以上、青志社)などの小説もある。

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1件 のコメント

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難解な患者の診断こそ大病院で処理する

寺田次郎 六甲学院放射線科不名誉享受

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先生の見立ての通り個体差の範疇(はんちゅう)なのかもしれませんが、病は気からと言いますし、身体症状による精神症状あるいは精神疾患の出現による微妙な症状への執着はあり得ます。最後の治療費のくだりも、そんな感情のやり場の問題でしょう。先生にとっては一人でも、この患者さんにとっては何人も回った末の同じ答えが、主観的価値を歪めています。政治的に難しいです。一方で、最初は精神疾患や個体差と決めつけず、精神症状やその背景となる、心理社会的背景について想像を働かせ、問診を精密に取っていく必要があります。本人が当たり前だと思っている、嗜好品や生活習慣の中にヒントがあることもまれにありますし、家族関係とかから重要なヒントが呼び覚まされることもあります。病因や診断名が確定したりするとは限らないという言質を取ったうえで、できれば心療内科などの問診を精密にやる内科系診療科と、放射線科のある病院(主に大学病院)に紹介する必要があると思います。世に言う三分診療の是非も政治経済に絡んで難しいですが、現病歴や既往歴のみならず細かい生活暦の聞き取りは普通の病院では難しいものがあります。また、これが悪用されうるからややこしいのですが、検査と診断名に伴う投薬がないと納得しない患者さんが一定数いることも問題で、そのことが医療政治を難しくしています。

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