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医療・健康・介護のコラム
「残りの人生、どう使う」…70歳でパート介護職員になった元損保役員 入居者から「弟みたい」と
中井康裕さん 72(東京都世田谷区)
62歳で会社人生に区切りをつけ、妻と旅行したり、学生時代に打ち込んだテニスを再開したりと、悠々自適に過ごしていました。しかし、60歳代も後半に入ると、会社の先輩や、同年代のテニス仲間の悲報にたびたびふれるようになりました。その頃、妻が体調を崩したことも重なって、自分の残りの人生について考えるようになりました。
元気で自立していられるのは80歳までとすると、人の役に立てるのは10年余り。もやもやしていた時に、会社が退職者向けに発行している季刊紙で職員募集の広告が目に留まりました。
関連会社が運営する介護付き有料老人ホームで、資格や経験は問わず、パートで勤務できるというので、70歳の誕生日を迎える2019年1月から働き始めました。
初めは、入居者が口元を拭いたティッシュペーパーをつかむのに抵抗感があるなど、介護の仕事を軽く考える気持ちがありました。しかし、私の子どもより若い先輩職員たちが、おむつ交換や入浴介助をするのを見るうちに、「会社役員だった経歴は通用しない」と気付かされ、どうすれば役に立てるかを考えるようになりました。
幸い、損保の営業マン時代の経験が生きました。口も利いてくれない相手に興味を持ってもらい、人間関係を築いて営業成績につなげた経験です。
「仕事はすべて思いやり」。当時の上司や先輩の教えを思い出して“下から目線”で向き合い、「顔色がいいね」「おトイレ大丈夫?」と明るく声を掛けるようにしました。年が近いためか、入居者から「弟みたいだ」と親しまれるようになり、自信がついてきました。
施設は入居者にとっては日常生活の場です。性格や身体、認知機能の状態も一人ひとり違い、マニュアル通りにはいきません。1日3時間、週2日の勤務を続けて3年目。フルタイムでの勤務や介護福祉士の資格を取ることまでは考えていませんが、元気なうちはここで働くつもりです。
4月から、70歳までの就業機会の確保が企業の努力義務になりました。自分のセカンドキャリアをどうするのか、これまで以上に考える必要がありそうです。
人は限られた時間を生きています。私は目的を持って、残りの時間の一部でも、世の中のために使いたいと思います。どう使うかは、自分次第ですからね。(聞き手・野島正徳)
なかい・やすひろ 1949年、大阪府生まれ。関西学院大を卒業し、71年に損保ジャパンの前身である安田火災海上保険に入社。大阪、横浜などの支店で勤務し、2001年から常務執行役員。関連会社の副会長を11年に退任。19年からSOMPOケアラヴィーレ二子玉川に勤務。
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