ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
かわいがってきた犬や猫と最期まで一緒に暮らしたい――。そんな願いをかなえてくれる全国的にも珍しい特別養護老人ホームが、神奈川県横須賀市の「さくらの里 山科」。そこで起きた人とペットの心温まるエピソードを、施設長の若山三千彦さんがつづります。
医療・健康・介護のコラム
2匹の愛猫を看取った入居者(上)「ナッキー」が起こした奇跡
特別養護老人ホーム「さくらの里山科」には、2匹の愛猫を 看取 った入居者の方がいます。
山口なつさん(仮名、70歳代後半)は、愛猫の「ナッキー」と17年間一緒に暮らしていました。それまでに何匹もの猫を飼ってきた猫好きですが、ナッキーを飼い始めた時はまだ50歳代。これが最後の愛猫だと思って飼うことにしたそうです。もし自分に何かあっても、同じく猫好きの息子さんが引き取ってくれると約束してくれましたので、何も心配はありませんでした。
脳出血で倒れた時、約束通り、息子さんはナッキーを引き取ってくれました。退院後、有料老人ホームで暮らし始めます。ところが、脳出血の後遺症で失語症になり、うまく言葉が出せないため、人とのコミュニケーションが困難になり、感情を閉ざしてしまうようになりました。いつ面会に行っても、無表情で言葉を発することもないので、息子さんは非常に心配していました。実際、自ら動くこともなくなったため、廃用症候群により、手が動かなくなってしまいます。
廃用症候群とは、例えば入院して安静にしていると、体が衰え、手や足が動かなくなってしまうというような症状です。若い人でも発症しますが、高齢者の場合は深刻で、みるみる間に進行してしまいました。
そんな山口さんの表情が変わるのは、息子さんがユーチューブでナッキーの動画を見せる時だけです。ナッキーに対する気持ちだけはしっかり残っていたのです。「もう一度、ナッキーと一緒に暮らせば、生き生きとした感情を取り戻せるのではないか」と考えた息子さんは、ペットと暮らせる老人ホームを探すことにし、「さくらの里山科」を見つけたのです。
山口さんが入居した日、息子さんがナッキーを連れてきました。この時、ナッキーは17歳。猫としてはかなりの高齢です。人間に換算すると80歳代半ばになります。だから普段は寝ていることが多く、素早い動きをすることはほとんどなかったのですが、山口さんの顔を見た瞬間、息子さんの腕の中から飛び降りました。山口さんのもとに走り寄ると、子猫のような俊敏さで膝に駆け上り、山口さんにすがりつきました。
「なっ…き…、なっ…き…」
山口さんも必死に言葉を紡ぎます。動きにくくなっていた手を必死で持ち上げ、ナッキーを抱きしめました。
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おはんちゃん
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私もだんだんと関係のない年代ではなくなってきました。子どもはいません。80歳代になろうかという母のこの先のことも心配です。自分も長年愛猫と暮らし、お別れをしたこともあります。でもこの先ひょっとしたら病気になるかもしれないし、その後、愛猫はどうなるのか。自分のことをそこまで親身になってくれる方や施設があることに少しほっとしています。こちらのような施設がもっとたくさんできることを願わずにはいられません。
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