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中川恵一「がんの話をしよう」

医療・健康・介護のコラム

続「福島の話をしよう」 東日本大震災での原発事故の被ばくで住民のがんが増えることはありえない

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「直線しきい値なしモデル」とは

 放射線被ばくの人体への影響は、他の要因と比較して、わずかなものと言えるのですが、被ばく量は数値化が容易であり、悪名高いこともあり、誤解されやすい存在なのです。

 しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)は安全に配慮して、わずかな被ばくでも、線量に比例して発がんが増えるという「直線しきい値なしモデル」を提唱しています。

 このモデルは、100ミリシーベルト以上の科学的データのある部分と100ミリシーベルト以下の「安全哲学」に属する部分を合体させたものです。「100ミリシーベルトでがん死亡が0.5%増えるから、10ミリシーベルトではがん死亡が0.05%増える。1億人が10ミリシーベルト被ばくしたら、がん死亡が5万人増える」といった計算に使うことはできないことに、留意する必要があります。

避難による生活習慣の悪化がもたらす健康被害

 直線しきい値なしモデルは、ゼロ被ばく以外、発がんリスクは増えることを意味しますが、このモデルを提唱するICRPでさえ、その報告書のなかで、「10ミリシーベルト以下では、大きな被ばく集団でさえ、がん罹患(りかん)率の増加は見られない」と述べています。避難民の被ばく量は最大でも10ミリシーベルトになることはありませんから、今回の事故でがんが増えることはありえないと言えます。

 10年におよぶ避難によって「震災関連死」と認定された人が、福島県で2320人を超えました。地震や津波による直接的な死亡を上回っています。また、死亡には至らなくとも、避難民の生活習慣は悪化の一途をたどり、糖尿病、うつ病などが有意に増えています。

 飯舘村の村民約1000人を対象とした健康調査でも、糖尿病、高血圧、肝機能障害、脂質代謝異常が、震災後に明らかに増えています。

 糖尿病患者では、がん罹患リスクが20%(肝臓がんや膵臓(すいぞう)がんでは2倍)も高くなることが分かっていますから、「がんを避けるための避難が、結果的にがんを増やす」という最悪の結末になると危惧されます。今後5~10年後に、福島でがんが増える可能性が大ですが、それは被ばくによってではなく、過剰な避難によって起こると言えます。(中川恵一 放射線科医)

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中川 恵一(なかがわ・けいいち)

 東京大学大学院医学系研究科総合放射線腫瘍学講座特任教授。
 1985年、東京大学医学部医学科卒業後、同学部放射線医学教室入局。スイスPaul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、社会保険中央総合病院(当時)放射線科、東京大学医学部放射線医学教室助手、専任講師、准教授を経て、現職。2003~14年、同医学部附属病院緩和ケア診療部長を兼任。患者・一般向けの啓発活動も行い、福島第一原発の事故後は、飯舘村など福島支援も行っている。

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