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医療・健康・介護のコラム

『なぜ、在宅では「いのち」の奇跡が起きるのか?』 東郷清児著

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荘厳なる人生完結のドラマ

『なぜ、在宅では「いのち」の奇跡が起きるのか?』 東郷清児著

 自宅を担保に高齢者がお金を借りられる「リバースモーゲージ」制度を全国に先駆けて導入するなど、福祉の先進的な取り組みで知られる東京都武蔵野市。そこで30年にわたって在宅医療に取り組んできた東郷清児医師が、主に在宅での終末期医療の現場で感じた困難や喜びを率直につづり、在宅医療の現実と課題を浮き彫りにしている。

 在宅医師とはいかなる存在か。東郷医師は「荘厳なる人生完結のドラマの脇役であり、患者さんが自分らしく人生の幕を閉じるお手伝いをすることが役割」と明快だ。

 回復の見込みのないまま病院で延命治療を受け続ける患者が苦しみ、家族が途方に暮れる。「最期は住み慣れたところで」。そんな患者や家族の願いに寄り添い、自宅でケアできるように看護や介護の専門家らと協力して支えてきた。

いのちと向き合い、在宅で看取った700人

 「もうこれ以上、夫を苦しめ続けることに私は耐えられません。自然で楽な最期を迎えさせてあげたい」。家族や本人の意思や状態を見極め、専門家、関係者で話し合いを重ね、人工栄養の供与を段階的に中止したこともある。

 東郷医師がこれまでに在宅で 看取(みと) った人は700人を超える。

 退院を切望する家族と、前例のない退院は認められないとする病院の間で板挟みに遭う。在宅主治医を務める患者の病状が悪化し、入院をお願いしても病院に受け入れてもらえない。自宅で療養している患者の家族からは、いつ連絡があるかわからない。休診日で家族と出かけたり、仲間とバーベキューを楽しんだりしているとき、銭湯や散髪の最中にも緊急の呼び出しが入る――。在宅医療の理想と現実とのギャップに苦しんできた。

 どこまでが延命治療かの判断は、医師にだって難しい。医療的な知識だけでは正解が出ないから、病気そのものだけでなく、患者や家族の人生を考慮に入れ、どのように死を迎えるのが幸せなのかを、個々のケースで考え抜く。

 ある男性は、医師から「これ以上の治療は無意味」と告げられたが、自宅で高額な免疫細胞治療を受けることを選択し、最後まで病気と闘い続け、家族も応援した。「病に立ち向かう姿勢がはっきりしている人に対しては、延命治療はその気持ちを後押しする有意義なものにもなり得ます」「終末期で大切なことは、その人が自分の最期をどう迎え、どう終わらせたいのかに中心軸を合わせること」という。

在宅の奇跡とは?

 最も尊重すべきは「いのちの尊厳」。こう著者は強調する。客観的に語られる「生命」ではなく、主観的な要素を含んだ「いのち」とは心や魂であり、生活に直結した人生そのもの。目に見えない、数字で表すものでも画像として映し出すものでもないが、医療の本質はそこにある。薬や治療、検査の方法など医療技術が進歩し、収益や効率が求められる大病院では、つい人を見ず、病気のみに目を向けてしまいがちだから、その人の生活や人生にも目を向ける在宅医療にこそ、医療の本質があるのだと。

 東郷医師が、やりがいや喜びを感じるのは、自宅に戻って輝きを取り戻した患者の姿を見るとき。延命治療のための様々な器具が取り付けられ、苦しみながら病院で死を待っていた患者を、病院の反対を押し切って自宅に連れ帰り、在宅でのケアに切り替えると、生き生きとした表情を見せ、家族との幸せな時間を過ごした後に旅立つことがある。

 考えられていた余命を大きく超えて、病院とは別人のように明るい表情で過ごすようになる人も。そんなとき感じるのは、「外側からの力で生かされている人間」と「死を前に自分の人生を生きる人間」との違い。タイトルの「奇跡」は、そうした「いのち」の輝きだ。

 その選択は決して死を前にしたときだけのものではない。100歳になったときに幸せでありたいなら、今すぐ、自分がやりたいこと、好きなことのなかに自分から思い切って飛び込むことだと、著者は書いている。人生はだれかに委ねるものでなく、自分自身でつかみとるもの、死への旅路は病気になってから始まるのではない。元気なときから、自分自身の生きがいと役割を探求し続けるべきだ。本書を貫くもう一つのメッセージだ。

在宅医療はゴミを扱う医療?

 「在宅医療って、ゴミを扱う医療ですよね」。東郷医師は、大病院の内科部長に言われた言葉を今も覚えている。おそらくは在宅医療にかかる患者は、病院で治療を施して診療報酬を受け取ることのできない、すなわち経済価値のない存在という意味だろう。東郷医師は、この言葉は内科部長ひとりのものではなく、経済効率が優先されるあまり、「人間の尊厳」を置き忘れてしまった医療界の弊害を象徴しているものととらえている。

 医は算術ではなく仁術、医療や福祉は営利事業でも金もうけでもなく、単純に「人助け」でなければならないと東郷医師は信じている。在宅医療の重要性が強調されるようになったが、主に膨らみ続ける国の医療費を削減する目的という財政的な事情からの要請が強く、地域を後押しする財源や人材は十分でなく、患者に寄り添う現場が困難に直面している。そうした医療制度の変遷や現状についてもわかりやすく説明されていて、在宅医療を含めた我が国の医療や福祉をどうしていくべきなのかを考える材料にもなるはずだ。

 (コスモ21 1600円税別)

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