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[東日本大震災10年]福島 こころの軌跡<2>避難 それぞれに罪責感

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 看護師の米倉一磨さん(47)は、その日、福島県南相馬市の精神科病院に出勤し、患者たちと病棟ホールにいた。テレビの音。やわらかな西日。当たり前の日常があった。

[東日本大震災10年]福島 こころの軌跡<2>避難 それぞれに罪責感

津波の被害にあった南相馬市内 (2011年4月7日、なごみ提供)

 2011年3月11日午後2時46分――。

 激震が来た。「机の下に隠れて!」。重い認知症のお年寄りや統合失調症で入院した人を誘導した。携帯電話がつながりにくくなった。やがて、東京電力福島第一原発が危うい、という情報が伝わってきた。

 翌12日午後、原発1号機の原子炉建屋が突然、水素爆発で大破した。

 備蓄してある食料はもって数日分。残った職員が、塩で握っただけのおにぎりを一つずつ患者に食べさせた。職員の不安を敏感に感じ取りながら、患者が口元に運ばれたおにぎりをほおばる。モグモグ。モグモグ。その姿が、口を動かす“人形”のように見えて、自分に驚いた。こころが、明らかにこわばっていた。

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