Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
医療・健康・介護のコラム
わらにもすがる思いです。自費診療で免疫療法を受けさせてください
選択肢を増やしても、規制しても…
あまり救いのない話になってしまいましたが、がん難民に対して医療は何をすべきなのか、そして、がん難民になりがちな患者さんは、どのようにがんと向き合っていくべきなのかを、みんなで考える必要があるのだと思っています。
「がん難民は治療を求めているのだから、治療の選択肢を増やせばよい」という主張もありますが、それだけでは、がん難民問題の根本的な解決にはなりません。おぼれている人に渡す「わら」の種類を増やしても、救い出すことにはつながらないのです。なかには、少しは助けになるものがあるかもしれませんが、すべての望みをかけてすがりつくのは得策ではありません。
わらを高いお金で売りつけるようなクリニックを規制すべき、という話もあり、私も、その必要性は感じていますが、おそらく、それも、がん難民問題の解決にはつながりません。わらの種類を増やすとか、高いわらを規制するという話ではなく、それにすがりつかなければいけない患者さんの思いに、もっと目を向けるべきなのだと私は思います。
けっしておぼれているわけではない
わらにもすがりつきたい患者さんは、本当におぼれているのでしょうか。がんという病気につきまとうイメージで、あるいは、わらを高く売りつけたい業者の思惑で、「自分はおぼれている」と思い込まされているだけではないでしょうか。つまり、「治らないがんを抱えているということは、わらにもすがるような切羽詰まった状況なのだ」という思い込みはないでしょうか。
がんを患うというのは、確かに大変なことではありますが、実際のつらさ以上に、がんにつきまとうイメージに 苛 まれることも多いようです。がんの患者さんは、荒れた海の中にあったとしても、けっしておぼれているわけではありません。わらにすがりつく必要はないのです。あわてることなく、波に身をゆだね、大海原全体を見渡してみてはいかがでしょうか。今何をしたいのか、これからの人生をどのように過ごしていきたいのかを考えてみてください。つらいときは周りの人や医療者に頼りながら、波の穏やかな場所を探し、自分のペースで目標に向かって行くのがよいと思います。どうしても何かにすがりつきたいと思ったときは、その気持ちを医療者に伝えてみてください。医療者は、大海原をともに泳ぎながら、解決策を考えてくれるはずです。
手元のカードがなくなっても、ゲームオーバーではありません。そもそも、人生は、残っているカードの枚数で勝負が決まるトランプゲームとは違います。仮に治療をあきらめたとしても、それで人生が終わるわけでも、絶望が訪れるわけでもありません。治療を受けていても、受けていなくても、今まで通りの日々があり、それを支える緩和ケアが、いつでも手の届くところにあります。
「○○療法」で頭がいっぱいの方がおられたら、ちょっと一息ついて、周りを見渡してみてください。もっと大切なものがたくさんあるはずです。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)
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