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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

「ゼロコロナ」の達成は絵空事か 流行地との往来を制限

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科学的に実践可能なシナリオとして

「ゼロコロナ」の達成は絵空事か 流行地との往来を制限

 臨床医学の5大専門誌は「New England Journal of Medicine」、「 The Lancet」、「JAMA」、「British Medical Journal(BMJ)」、そして「Annals of Internal Medicine」だと思います(異論もあるかな)。そのBMJに新型コロナのElimination(排除)、つまり「ゼロコロナ」を提唱する論考が掲載されました。著者はニュージーランドやオーストラリアの公衆衛生や疫学の専門家たちです。

https://www.bmj.com/content/371/bmj.m4907

 これを受けて、ぼくとニュージーランドの感染症専門家、青柳有紀先生とでレターを投稿したところ、これも採用されました。ゼロコロナを具現化するにはどうしたらよいか、を論じたものです。

https://www.bmj.com/content/372/bmj.n349

 残念ながら、新型コロナについてはネット上でも書籍や雑誌などでも非専門家による間違い、フェイクなどの誤情報が跋扈(ばっこ)しています。こんなことをここで書くのもなんですが、ヨミドクターでもときどきそんな論考を見て残念になります。アルコール手指消毒よりせっけんのほうがベターというのは感染症学的に間違いですし、マウスウォッシュや鼻うがいがコロナの予防に有効だという臨床データも希薄でして、プロの目から見ると、ほとんど「でたらめ」です。が、前述のようにBMJは非常に質の高い臨床医学の専門誌です。こうした質の高い専門誌には、いわゆる「トンデモ」な論文やレターは採用されません。

 というわけで、「ゼロコロナ」は荒唐無稽な絵空事ではなく、科学的に実践可能な一つのシナリオです。では、どのようにして「ゼロコロナ」は可能なのでしょうか。それを今回はご説明します。

「ウィズコロナ」政策がもたらしたもの

 まず、そもそも「ゼロコロナ」とはどういう状況なのでしょうか。それはある地域(コミュニティー)において新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が存在しない状況をもたらすことを意味します。

 多くの国は「ゼロコロナ」を目指していません。むしろ「ウィズコロナ」、国内、地域内で新型コロナウイルス感染症が流行するのを「許容」し、その感染拡大を防止しようとしています。欧米のほとんどの国々はこの戦略をとっていますし、日本もその一つです。

 なぜ「ゼロコロナ」ではなく、「ウィズコロナ」なのか。それは、当初、新型コロナウイルス感染症はインフルエンザとよく似た呼吸器感染症だと考えられていたからです。白状すると、ぼくも新型コロナはインフルエンザと大同小異で、同様の対策をとればいいんじゃないか、と甘く見ていました。今はこのような見通しは、とても甘かったと反省しています。

 なぜ、世界が「ゼロインフルエンザ」を目指さないかというと、インフルエンザはゼロを目指さなければならないほどにはインパクトが小さいと考えられているからです。要するに「割に合わない」のですね。

 確かに、インフルエンザをこじらせて重症化する人もいるし、死亡する人もいる。しかし、大多数の方は数日休養を取ればよくなってしまう。冬に流行しても、春になれば「自然に」流行は収まっていく。我々はインフル対策を大事なものと考えていますが、「ゼロインフル」を目指すほどには、この病気は巨大な厄災ではないのです。我々が大雨対策をとっても、「ゼロ大雨」を目指さないのと同様です。

 もう皆さんお忘れかと思いますが、一時「オーバーシュート」という言葉がはやりました。あと、「ハンマー・アンド・ダンス」という言葉が使われたこともありました。緊急事態宣言のような強烈な感染対策(ハンマー)で感染症の爆発的な流行を防ぎ、感染者が減ったら緩め(ダンス)、また増えたらハンマーを振るう。

 で、当時の専門家会議の資料を見れば一目瞭然なのですが、このとき我々がイメージしていたのは、ハンマーを振るって、次に流行が起きたら、それは前の流行より小さいものである、というものです。流行がだんだん小さくなり、ハンマーが何回か繰り返されるうちに、劇的な治療薬が開発され、我々に集団免疫ができてコロナは「自然に」収まっていく、というシナリオでした。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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