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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track11】体重35キロの拒食症から、女子高生が回復したきっかけとは?―思春期のアンビバレンスへの着眼―

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 ひとつの対象に向けて、たとえば愛と憎しみのように、正反対の感情が心の中に同居していることをアンビバレンス(ambivalence、両価性)といいます。「会いたい、(まだ)会いたくない」「出かけたい、(でも)出かけちゃいけない」など、二通りの心境になると、人は自分の望ましくない感情の方に強く影響されてしまいがちなようです。特にまだ、自分らしさを模索中の思春期には、こうしたアンビバレンスが、行動面に偏った影響を及ぼすこともありがちです。今回は、神経性無食欲症(いわゆる拒食症)を抱えた少女との対話のエピソードです。

過度な食事制限で倒れ、入院

【Track11】体重35キロの拒食症から、女子高生が回復したきっかけとは?―思春期のアンビバレンスへの着眼―

 リサさんは16歳。高校2年生に進級した春から、次第に痩せが目立ってきました。その影響で体力が低下しているわりには、話す声はハキハキと活気があり、目力(メヂカラ)を強く感じさせます。 華奢(きゃしゃ) な体にショートヘアで、一見、ロックシンガーのような 容貌(ようぼう) でした。

 これまで、学校での成績もよく、在籍する陸上部では長距離走が得意でした。親や教師から見て、どちらかというと従順な「おりこうさん」タイプでしたが、内面は我慢強く、かつ頑固な性格だったようです。当時は、自分の体形が女性らしく変化していく成長を止めたいかのように、食事に相当強い制限をかけていました。

 後に、当時の主治医だった私に見せてくれた日記に、次のような心境が書かれていました。

 「母親を見ていると、ゴハンもお菓子もよく食べて、テレビを見ながらソファに横になって、すごく太ってる。自分は、あんなふうにならずに、いつまでもやせっぽちでいたい。油断して食べすぎたら、それ以上に動けばいい。食べないでいるとみるみる痩せていく。まわりがとやかく言っても、私の我慢の結晶だから、それは無敵。「ちゃんと食べて」なんて、余計なお世話でダイキライ!…でも、ゴメンネ(これは封印!)……」

 そんな状況にあった彼女でしたが、痩せが進行し、ある日の下校中に意識を失って倒れてしまい、自ら望まない入院生活となりました。

 148センチに対し、35キロと標準体重の20%以上の痩せでした。そこで出会った精神科医(私)にも親しみなど感じることはなく、なかなか簡単には心を開いてくれません。

病院でも歩き回ってカロリー消費を

 当時、私が勤めていた病院では、入院患者さんが、50音順に病棟の診察室に招かれ、次々に問診していく形式の定期診察がありました。そこでは、机を挟み真正面から向き合う形で、医師が、睡眠、食欲、気分などを尋ねます。それ以外にも、朝に夕にと、医師や看護師が各病室を回ることも日常でしたが、当初のリサさんがそうであったように、自ら何の不調も悩みも訴えず、元気そうに振舞われれば、表面的な言葉は聞けても、その心の内側はまったく聴けていないのではないか?という懸念が膨らんでいました。

 例えば、私からリサさんに対して、摂食の状況を尋ねる前に、「お昼も全部食べましたよ」とハキハキ、にっこりされてしまう。なかなか心情が聴けていない懸念があると同時に、ボクシングの堅いガードのような「抵抗」を感じました。さらに、彼女は病院内の廊下やデイルームを毎日長時間歩いていました。病院の食事は、(きっとしかたなく) () ってはいるので、歩き回ってカロリーを消費しているのだろう、と察しがつきました。

 ただ、毎日顔を合わせ、表面的ながらも対話していることは、無意味ではなかったのでしょう。リサさんが入院して1週間ほどたったある日の夕刻、彼女は歩き疲れたのか、病院の待合室のベンチにポツンと座っていました。それは、ちょうど私が、夕刻の外来診療を終えて、診察室から出てきたタイミングでした。

 「先生、ちょっといい?」
 普段の彼女からは想像もつかないような小さな声に引き留められました。
 その流れのまま、私は、ベンチに横並びに座りました。

 しばらくの沈黙のあと、リサさんから、
 「今日、お母さんが……」と、さらに小さな声で、言葉が出ては途絶えます。
 「お母さんが?」と、私は間をおいてオウム返しに聞いてみます。

 彼女の母親は、ほぼ毎日見舞いに来ます。今日は何か特別なことがあったのだろうか?体重や食事の量ばかり問われてつらくなったのか?
 あり得ることを想像しながらも、「何かが語られるだろう」と考えて、私は静かに待っていました。
 すると、彼女は、 (せき) を切ったように涙を流し始め、両足をぶらんぶらんと揺らしながら、
 「お母さんが…かわいそう」と言葉を継ぎました。
 「かわいそう…?」と返した私に向けて語り始めました。

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小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

 今年5月14日には、新型コロナの時代に伝えたいメッセージを込めた 新曲「リンゴの赤」 をリリースした。

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