Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」
医療・健康・介護のコラム
抗がん剤をあきらめたら、あとは死を待つだけですか

イラスト:さかいゆは
がんをめぐるイメージが患者を苦しめている
前回のコラムで、「治療は単なる道具」だと書きました。でも、「治療こそが希望のすべて」だと思いつめ、治療にすがりついてしまう患者さんも多くおられます。治療をあきらめることは、希望を捨てることであり、「死」を意味するものだというイメージもあります。
私は、がんそのものだけでなく、むしろ、それ以上に、このイメージが患者さんを苦しめているのではないかと思っています。「抗がん剤をあきらめたら、死を待つだけ」と思わせてしまうくらい、このイメージは、患者さんの心に根深く影響しているようです。
がんという病気は、「悪」「忌み嫌う相手」「闘うべき敵」であり、それを制御できないことは、「敗北」「不幸」「絶望」というイメージにつながります。そこから逃れようと、治療に「希望」を見いだして、勝負を挑み続けるという構図が生まれています。
どんなにつらくても、抗がん剤を続けることに希望があり、抗がん剤をやめることは絶望で、抗がん剤をやめたあとに仕方なく受ける「緩和ケア」は絶望の医療だというイメージです。

「絶望の壁」なんて本来は存在しない
実際、「もう使える抗がん剤はないので、緩和ケアに移行しましょう」という説明をする医者もいて、それを聞いた患者さんは、一緒に闘ってくれていた医者から見捨てられ、「絶望の壁」の向こう側に追いやられてしまったように感じます。
それでも「何か治療はないのか」と、他の医療機関を受診したり、自費診療のクリニックで高額な治療を受けたりする患者さんも多く、そうやって、治療を求めてさまよい歩く患者さんは、「がん難民」と呼ばれることもあります。
あきらめきれない気持ちを抱えながら、緩和ケアに追いやられる患者さんがいる一方で、一部の達観した患者さんは、抗がん剤をやめる決断をして、死を受け入れ、緩和ケアという特別な医療を進んで受けようとします。
いずれの場合でも、抗がん剤をやめるということは、重大な決断であり、後戻りできない人生のターニングポイントであり、そこには、希望と絶望を分ける「絶望の壁」があり、壁の向こうには、特別な医療、あるいは、絶望の医療としての「緩和ケア」が待っている、という構図になっています。
でも、「絶望の壁」なんていうのは、イメージが作り出したものであって、本来存在しないものです。「絶望の壁」のイメージから抜け出ることができれば、がんの患者さんは、もっと楽に過ごし、もっと自分らしく人生を送り、もっと上手に抗がん剤や緩和ケアを活用できるのではないか、と私は思っています。
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