訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳
医療・健康・介護のコラム
「俺はどうして死ななきゃいけないんだ」という魂の叫び…寄り添う在宅医療は人間としての仕事
在宅医療は高額な医療 入院医療費の削減で貢献したい
――悠翔会では、在宅医療による入院件数の減少などのデータを公表していますね。
僕たちの法人は成長してきたわけですが、在宅医療の増加で社会保障支出が増えたということだと、申し訳ないとしか思えません。在宅医療を広げることで、患者さんの急変や入院を減らし、自宅で看取ることができます。医療経済的な面から考えると、それによって、救急車の要請件数を減らし、入院日数を減らして医療費の適正化に貢献することができます。ですから、救急車要請や入院を減らす医療を目標のひとつに掲げています。
例えば、僕らの患者さんは、在宅医療を始めるまで、年間平均40日ちょっと入院していましたが、在宅医療が入ると12日台にまで減りました。高齢者の入院費用は平均1日約3万円(保険と自己負担込み)ですから、約30日減っているので、入院費用を1人平均年間90万円節約した計算になります。グループの患者数は5000人余り。単純に掛けると45億円の入院費を節約できた可能性があると考えています。
日常的な健康管理で肺炎などの入院を予防
――どうして在宅医療が入ると、入院日数を減らせるのですか。
日頃の健康管理をきちんとするのがひとつ。栄養状態が悪くて、 嚥下 機能が落ちていれば、このままだと肺炎を起こします。こうした患者さんは大変に多いので、事前に対応しています。栄養状態を改善し、歯科チームが入って口のケアや嚥下のトレーニングをすれば、肺炎のリスクを減らすことができますから。
もうひとつは予測指示といって、病気が起こったとしても早めに対処できるよう準備しておくことです。肺炎で病院に行っても、やるのは抗菌薬の投与と酸素投与ですから、あらかじめ抗菌薬を家に配備しておいて、おかしいなと思ったら早めに飲んでもらいます。1週間薬を飲んでおけば、治ります。
三つ目は、自宅で対処できなければ、呼んでいただくこと。まずは、呼ばれないように日頃のケアをしておいて、呼ばれたら往診して、家族にとっても負担が少ないように、できるだけ自宅で治療をします。
平均38分で緊急往診 救急要請の削減につながる
――救急要請を減らすこともできるんですか。
私たちが連絡を受けて、診療を開始するまで平均38分。119番通報をしてから診療開始までの全国平均が39分です。何かあっても、こうして駆けつけることができるので、まず、こちらに連絡をしてもらえば、慌てて119番する必要を感じないでしょう。緊急往診件数は年間7300件です。これは、東京都立6病院の救急車受け入れ件数の33%に相当します。救急搬送の行政コストは1回4、5万円、さらに病院での検査、治療がありますから、そうした費用の節約に役立っている、と考えています。
――これからの在宅医療の課題は何でしょうか。
要介護高齢者はこれからどんどん増えていくので、在宅医療を行う医師が足りないことです。ただ、僕たちのような在宅専門の医師が増えることが、最適な解決法だとは思いません。患者さんの立場から言えば、最期まで診てくれるかかりつけのお医者さんを持つのが最適だと思うんです。寝たきりになると、「主治医が代わって、佐々木になりました」というのはどうでしょうか。
やはり、地域の先生たちに、ぜひ在宅医療をやっていただきたいんです。夜間や休日に往診が必要な時は、私たちがバックアップします。現在、20クリニックで2000人ぐらいの患者さんの副主治医として、休日夜間の対応を任されています。「末期がんは診られないとか、人工呼吸器の扱いは分からないというなら、そういう患者さんはご紹介ください」という説明をしているので、僕たちの診療所は、医療管理が難しい重症の患者さんが多いんですよ。
患者やご家族の評価と入院日数などのデータで医師を評価
――初診から3か月後と、年1回、患者やご家族、施設関係者にアンケートを取って、医師の人事評価にも使っているそうですね。
診療の態度はどうか、話しやすい雰囲気か、疑問や不安の解消に努めているか、もしあなたの大切な人に在宅医療が必要になった時に私たちを使いたいか……とか。医師ごとに取っています。患者さんをたくさん診ていても、「10人中3人は、先生に頼みたくないって回答しているよ」ということがあるわけです。
患者や家族などの評価だけではなく、医師ごとに担当患者の入院日数や救急搬送件数などもデータ集約しているので、法人全体の平均と比べて、自分の診療がどうなのかがわかるわけです。いい結果を出している医師には、処遇で報いるようにしています。こうやって医療の質の向上を考えながら、佐々木クリニックではなくて、在宅医療チームとしての悠翔会をみんなで育てています。
佐々木淳(ささき・じゅん) 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年生まれ。筑波大医学専門学群卒。三井記念病院内科、消化器内科で勤務。井口病院(東京・足立区)副院長、金町中央病院(同・葛飾区)透析センター長を経て2006年MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)設立。2008年、団体名を悠翔会に改称。首都圏15か所で在宅療養支援診療所を運営する。
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本文を読んでいて、いわゆる個人経営の開業医と地域の病院のニッチ産業として、病棟を持たない在宅医チームが出現したのだと理解できました。人間個人として患者や地域社会との関わりが問われる部分も、チーム対応によって軽減しうるということです。能力の大小だけでなく、相性の問題は大きいです。患者さん目線の医療という言葉はキャッチ―ですが、そこに至るまでの個人として、あるいは患者さんとしての理解や経緯との折り合いをつけていく作業は、時に重症患者よりも困難な作業でもあります。そして、地域でやっていくには、個人として好かれることも大事ですが、嫌われないことも大事です。そのへんの適性やモチベーションも医療者それぞれですから、今後もいろいろな形態が増えていけばとは思います。
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