ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
医療・健康・介護のコラム
残された犬(下)ホームの飼い犬になり、入居者を癒やし、天寿をまっとう
認知症発症 トイレの失敗が増える
その半年くらい後、おそらく認知症も併発したのだと思います。この頃になると、ジローは一日の大半をベッドで寝て過ごしていたのですが、起きている時もたまにぼーっとしている時がありました。職員が体にタッチしても反応しない時もありました。トイレの場所がわからず、失敗することが増えました。それまで、目が不自由になっても、耳が不自由になってもトイレはわかっていましたから、認知症が原因だと思います。
それでも、元気な時はとても元気でした。天真らんまんでした。入居者に甘えていました。ジローは最期の瞬間まで入居者の方々にかわいがられ、癒やしていました。
犬を飼っている人たちがしばしば言うのが、「食べられなくなったら終わりだ」ということです。もちろん、いろいろな個性の犬がいますから、食欲旺盛な子もいれば、食が細い子もいます。食欲旺盛なタイプの犬は、食べられなくなるのは、死ぬ直前と言う場合が多いようです。
食べられなくなり、数日で苦しまずに大往生
ジローが食べられなくなったのも、死ぬ数日前です。それまで、目や耳が不自由でも、認知症になっても、いつも食欲旺盛だったジローが突然ぐったりして、ご飯もほとんど食べなくなりました。もちろん、動物病院に連れていきましたが、特に異常は見つかりませんでした。自然に体が衰弱した状態、まさに老衰だったのでしょう。そして数日間寝込むと、ジローは眠るように死にました。まったく苦しむことのない大往生でした。さくらの里山科に入居して、4年半が 経 っていました。
実は、ジローの旅立ちには不思議な偶然があります。ジローが旅立つ半月ほど前に、ジローが暮らすユニットに、角井ハルさん(仮名)が新しく入居されました。角井さんは愛犬のベラちゃんと一緒の入居を希望していたのですが、この時、ユニットで暮らす犬は6匹。犬の定員は5匹を目安としているので、新しい犬の受け入れは不可能でした。
そこで最初に、角井さんだけが入居することになったのです。この時、角井さんは、有料老人ホームに入居されており、ベラちゃんは親戚に預けていたのです。どうせベラちゃんとバラバラなのだから、さくらの里山科に先に入居して、ベラちゃんが入れる時を待とうと考えたのですね。
「僕は十分生きたから、新しい子に席を譲ってあげるよ」
すると、それまで元気だったジローが突然死んだのです。あたかも「僕は十分生きたから、新しい子に席を譲ってあげるよ」と言うかのように。そのおかげで、角井さんは入居して間もなく、ベラちゃんと一緒に暮らせるようになりました。
もちろん、ジローがそんなことを考えるわけはないのですが、私たちの心に不思議な余韻を残す偶然の出来事でした。角井さんとベラちゃんのエピソードは次回ご紹介します。
今頃ジローは、虹の橋で飼い主さんと再会していると思います。あるいは飼い主さんだけでなく、同じユニットで暮らし亡くなられた入居者の皆さんに囲まれて、走り回っているかもしれませんね。(若山三千彦 特別養護老人ホーム「さくらの里山科」施設長)
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