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訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳

もっと知りたい認知症

「ALSになったおかげで幸せ」と言う患者に教えられ、私は在宅専門医になった……佐々木淳さんインタビュー

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ALSになって不倫をしていた夫が戻ってきた…だから幸せ

――その女性と対話を深めるまでは、病気が良くならない患者として、型通りの診療をしていたということですか。

 そうなんです。それからいろいろな話を聞かせてもらいました。彼女は病気になって、最初は絶望したけど、今は病気にかかって良かったと思っている、と。なぜかと言うと、ご主人が彼女のことを振り向いてくれたから。ご主人はバリバリの商社マンで、週末にうちにいることなんてなくて、不倫をしていたことを彼女は知っていたそうです。

 ところが彼女が病気になって、「人工呼吸器をつけて生きる」と伝えた時に、ご主人は「支える」と言って、なんと会社を退職して仕事を変え、できる限り彼女と一緒にいて面倒をみるようになったそうです。

 人工呼吸器をつけるかどうか。その時に自分にとって本当に大切な存在は何かって、真剣に考えるきっかけをくれた、とご主人は話していました。そして、反省している、とも。彼女は、「病気になっていなかったら、すごく不幸な人生になっていた。体は動かせないけど、その代わりにもらったものはすごく大きい」と言うんですよ。

眼球の動きでエッセーを書いてSNSで社会とつながる

――そういう人生もあるんですね。

 彼女は元々美食家というか、食べることが大好きだったというので、食べられなくなって胃ろうをつけて、かわいそうだと思っていたんです。だけどALSは感覚の障害はないので、口に食べ物を入れれば味はわかるんです。お酒を飲みたい時には、口にガーゼを置いて、ワインやブランデーを注ぐと味も香りもわかる。酔いたい時は胃ろうからワインを入れると酔うことだってできるって教えてくれました。

 手足が動かなくなって、一日中、ベッドの上でゆっくり過ごしているけど、彼女に言わせると、手足が動かなくなった分だけ意識の中の活動範囲が広がって、その宇宙で自由に泳いでいるんですって。そこで思いついたことを文章にして、いろいろな人とSNSで連絡を取り合っているんですよ。

 はたから見ると、彼女はベッドの上の寝たきりのおばちゃん。でも、社会とつながって、存在を認知されて、いろいろな情報発信をして、家族の中にも居場所がある。だから今は幸せに生きている、と彼女は言うんです。

人は必ず病み衰える時がくる……それを「残念なこと」にしたのは医者の価値観

写真は、幡野広志

写真は、幡野広志

――寝たきりでも社会とつながっている。そういうことができるんですね。その姿に医師として衝撃を受けたと。

 人間は必ず病気になるし、必ず衰えて死んでいく。このプロセスを、医療が及ばない残念な悲しいことにしてしまうと、すべての人生が最後は残念なことになってしまいますよね。本当は、病気があるかないか、障害があるかないか、体が衰えているのかどうか、というのは、人生のひとつの側面にすぎなくて、その人らしく生きることができれば、たとえ病気や障害があっても、人って幸せに生きられるって教えられたんです。

 自分が病院でやってきたことを振り返ると、患者さんを治療しているつもりだったけど、内科だから慢性疾患ばかりで、本当は治せないんですよ。最期は必ず何かの病気で亡くなります。死に向かって衰えていく時期は残念な悲しいものだという価値観を植え付けてきたのが、実は医者自身じゃないかって反省があるんです。

――そう考えた時、自分が目指す医療の形が見えてきたということでしょうか。

 人生で必ず迎える下り坂。それを楽しく過ごしていく。そういう価値観で生きる人が地域で増えていくと、何か起こったら救急車を呼ぶとか、できる限り延命治療をするというのはどこか違うと感じるようになると思うんです。一番大切なのは、自分の人生をどう生きるか、楽しむか。その中で道具として医療を使っていただく。「楽しい下り坂を支える」というコンセプトの在宅医療はあまりなかったので、自分で始めようと思って、大学院を退学して東京の都心に診療所を立ち上げたのが2006年。今年で15年になりました。

目指すのは、物語に基づく医療

 悠翔会の診療所では、初めて訪問を始める家庭には、自分たちの在宅医療の説明をした14ページのパンフレットを渡している。

 そこにはこうある。

 「患者さんにはそれぞれに物語があります。患者さんの言葉にじっくりと耳を傾け、納得・満足できる医療の選択肢を提供すること。科学的に有効であるというだけで、治療方針を押しつけるのではなく、患者さんとともに治療方針を考えていく。これをNBM(Narrative Based Medicine:物語に基づく医療)と言います。在宅医療はNBMを中心とした医療であるべきだと思います」

 ALSを生きるご夫婦がつぐむのもひとつの物語。それを在宅医療で支えたい。こう考えて、一人の医師が始めた診療所は、地域の求めに応じて増え、働く医師は62人になった。

佐々木淳(ささき・じゅん)

 佐々木淳(ささき・じゅん) 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年生まれ。筑波大医学専門学群卒。三井記念病院内科、消化器内科で勤務。井口病院(東京・足立区)副院長、金町中央病院(同・葛飾区)透析センター長を経て2006年MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)設立。2008年、団体名を悠翔会に改称。首都圏15か所で在宅療養支援診療所を運営する。

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sasaki-jun_prof

佐々木淳(ささき・じゅん)

 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1998年筑波大学医学専門学群卒業。社会福祉法人三井記念病院内科/消化器内科等を経て、2006年に最初の在宅療養支援診療所を開設。2008年 医療法人社団悠翔会に法人化、理事長就任。2021年 内閣府・規制改革推進会議・専門委員。首都圏ならびに沖縄県(南風原町)に全18クリニックを展開。約6,600名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

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1件 のコメント

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より一般化された物語への構成と書き換え

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

この女性にとって、体が不自由になり不幸になった部分より、夫に忘れ去られた存在から回復したことの方がうれしかった、ということなのではないでしょうか...

この女性にとって、体が不自由になり不幸になった部分より、夫に忘れ去られた存在から回復したことの方がうれしかった、ということなのではないでしょうか? 別居から離婚へという流れの物語が、ともにある最後の物語に変わったということが、この女性にとってうれしかったのでしょう。一方、これが他の家庭にそのまま当てはまるとは限りません。また、それぞれの夫にとって、どうなのかも難しいと思います。それでも、この女性にとって、不幸に突き進む可能性の高かった人生の物語が、この時系列、その空間だけであっても、まだ幸福に向かっているという話は理解してあげる必要があります。

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