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訪問診療にできること~最期まで人生を楽しく生き切る~ 佐々木淳

医療・健康・介護のコラム

「ALSになったおかげで幸せ」と言う患者に教えられ、私は在宅専門医になった……佐々木淳さんインタビュー

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 首都圏で在宅専門の診療所15か所を運営する悠翔会を率いる医師の佐々木淳さん(47)。在宅医療が対象にするのは、自宅で最期の時を過ごすがん患者、神経難病、子どもの重い病気、穏やかに老衰に向かう高齢者……。回復して社会に復帰するのが難しい“治せない患者”を専門に診る医師としての道を選んだのは、医師人生を変えた出会いがあったからだ。佐々木さんに、在宅医療に進んだ理由などについて聞いた。(聞き手・渡辺勝敏)

「訪問診療にできること」佐々木淳さんインタビュー(上)「ALSになったおかげで幸せ」と言う患者に教えられ、私は在宅専門医になった

ALSは進行すると眼球しか動かせなくなる

――悠翔会が発足して15年。首都圏の15か所の診療所で毎年900人を 看取(みと) っています。どうして、在宅医療専門の診療所を作ろうと思ったんですか。

 元は病気を治す治療医学をやっていて、東大の大学院で肝炎ウイルスの研究をしていました。医者は病気を治すのが仕事。ですから治らない状態になったら「申し訳ありません。残念ですが……」と説明をしていました。病気とともに生きるなんて不幸なことだと思っていたんです。そんな時にたまたまアルバイトで行った診療所が在宅医療をやっていて、そこで患者さんたちと出会い、感動したというか、衝撃を受けました。最も印象的だったのが、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の女性です。

――ALSと言うと、筋力が次第に低下していって、進行すると眼球しか動かせなくなる神経難病ですね。安楽死を依頼した女性患者が亡くなり、昨年、医師が嘱託殺人罪に問われた事件がありました。

 手足が動かなくなるので、ある時点から食べ物は胃ろうから入れ、人工呼吸器が必要になります。病院の総合内科にいた時に時々ALSの患者さんがお見えになりました。僕はその患者さんやご家族にはこんな説明をしていたんです。

 「この病気では、だんだん動けなくなって最終的には眼球しか動かなくなります。そうなっても意識は非常に明瞭ですから、この状態で一生暮らしていくのはかなりつらいかもしれません。一度、人工呼吸器や胃ろうをつけると、ご家族はずっとお世話が必要になります。本当に残念なことなんですが、ある程度進行したら、何もせずに呼吸が止まったら自然に旅立つという選択もあります」

 今もこのような説明が病院で行われていると思います。

――究極の厳しい選択ですね。

 外来で診た女性が、人工呼吸器をつけて胃ろうでベッドの上で寝たきりになっているのを見た時、正直言うと、「この人やっちゃったな。かわいそうに」と思ったんです。呼吸が止まる時に、そのまま旅立つ決断ができなかったんだと。

人工呼吸器をつけて暮らすのはつらくない

――延命治療を受けながら生きていけるわけですから、人生を終える決断なんて、本人だけではなく、家族も耐えるのが難しい。

 それからこの女性のご自宅を訪問診療するようになりました。眼球の動きで文字を入力して、だいたい「今日も元気です」「大丈夫です」って書いてくれるんです。ある日、「今日は調子が悪いのでよく診てほしい」とあったので、何が起こったのか、と一瞬、緊張したんですが、続く文章を読むと、「昨日から鼻水が出て本当に困っています」。人工呼吸器をつけて明日何が起こるかわからない患者さんですから、「鼻水ですか」と気が緩んで笑ってしまいました。でも、考えてみると、私たちのように鼻をすすったり、自分で拭ったりすることができないので、つらいことなんですね。

 「でも、人工呼吸器の方がよほどつらいでしょう」と聞いたら、「人工呼吸器は全然つらくない。みなさんも呼吸する時は意識しないでしょう。私も普段は人工呼吸器につながっていることは全然意識しません」と返してくれました。

 「でも、人工呼吸器をつけている人はみなさんつらいって言いますよ」

 「それは、人工呼吸器の設定が下手だから」

 医者の腕が悪いからという内容が続きました。実際彼女は、人工呼吸器の設定を細かく変えるんです。トイレの時は疲れるからちょっと量を増やす、夜寝る時は換気量を減らすというように。私たちが生理的にやっていることを、ご主人と一緒に機械を微調整して、一日を快適に過ごしているんです。

 それまでは、訪問しても「大丈夫」というメッセージを見て、処方箋を置いて帰るだけでしたが、これをきっかけによく話をするようになりました。彼女はエッセーを書いていて、それ、とても面白いんですよ。

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sasaki-jun_prof

佐々木淳(ささき・じゅん)

 医療法人社団悠翔会理事長・診療部長。1973年生まれ。筑波大医学専門学群卒。三井記念病院内科、消化器内科で勤務。井口病院(東京・足立区)副院長、金町中央病院(同・葛飾区)透析センター長を経て2006年MRCビルクリニック(在宅療養支援診療所)設立。2008年、団体名を悠翔会に改称。首都圏15か所で在宅療養支援診療所を運営する。

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1件 のコメント

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より一般化された物語への構成と書き換え

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

この女性にとって、体が不自由になり不幸になった部分より、夫に忘れ去られた存在から回復したことの方がうれしかった、ということなのではないでしょうか...

この女性にとって、体が不自由になり不幸になった部分より、夫に忘れ去られた存在から回復したことの方がうれしかった、ということなのではないでしょうか? 別居から離婚へという流れの物語が、ともにある最後の物語に変わったということが、この女性にとってうれしかったのでしょう。一方、これが他の家庭にそのまま当てはまるとは限りません。また、それぞれの夫にとって、どうなのかも難しいと思います。それでも、この女性にとって、不幸に突き進む可能性の高かった人生の物語が、この時系列、その空間だけであっても、まだ幸福に向かっているという話は理解してあげる必要があります。

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