精子から見た不妊治療
妊娠・育児・性の悩み
顕微授精にも限界 保険適用で考える生殖補助医療が「できること」「できないこと」
見えてきた顕微授精の限界
この連載をお読みになると、世の中、重症の造精機能障害の男性があふれているように見えるかもしれませんが、そんなことはありません。夫婦の7~8割は、避妊していないと妊娠します。
生殖補助医療では、卵子が採れたら、精子の状態にかかわらず、妊娠が求められます。過排卵誘発すれば卵子がたくさん採れて、運動精子を捕まえて顕微授精すれば早期に妊娠する夫婦が、全体の妊娠率を押し上げます。一方、顕微授精を繰り返しても妊娠できない夫婦の精子を細かく調べると、選別した運動精子に様々な「隠れ造精機能障害」が潜んでいるケースが多いことがわかりました。体外受精と顕微授精が、重症造精機能障害の治療でつまずいたことは、生殖補助医療が「できないこと」を考える上で重要なヒントになります。
治療をやめるタイミングが見つからない
研究チームの黒田のクリニックには、一昨年の連載の後、顕微授精を続けてこられた夫婦の受診が増えました。そのご夫婦たちのお話をまとめると、どの施設でも「精子の状態が悪いから、顕微授精をしましょう」と言われ、治療を続けていました。
長期の治療で年齢が高くなってしまい、「良い卵子が出る時があるのだろうか」「このまま同じことを続けていてもいいのか、いつかは妊娠できるのだろうか」と不安が募ります。しかし、「ここでやめてしまっては、今まで費やしてきた時間と費用、そして労力が無駄になってしまう」という思いから「次こそ」という気持ちになり、治療をやめるタイミングを見つけられません。
ふと、「悪い精子を無理やり顕微授精しても大丈夫なのか?」という不安がよぎりますが、施設側の答えは「大丈夫ですよ」の一言で、また同じ治療が続きます。「精子が悪いから、こんなに苦労するんだ」と思うと、夫への妻の視線が厳しくなります。一方、「妻が閉経する日を待っている」とおっしゃるご主人もいらっしゃいました。こうなると、夫婦は負のスパイラルを落ちていきます。
実は、ヒトの造精機能障害は、大変研究しにくい分野です。まず、動物実験ができません。研究に使うネズミは売っていますが、造精機能障害のオスはほとんどいません。そもそも、ネズミは殺して精子を採取しますので、もし異常が見つかっても次はありません。ヒト精液は男性不妊外来にしかありませんし、なにしろ「生もの」ですから、外来のそばに実験機器がそろった研究室があり、そこに精子研究チームが常駐する必要があります。
後れをとった精子の選別や精密検査法の開発
顕微授精の普及があまりにも早く、治療の安全性に直結する精子の選別や精密検査の開発が後れをとってしまったことは、「研究がしにくい」という言い訳では済まない悔恨です。研究が進むにつれ、次々と新たな「隠れ造精機能障害」が見つかり、良好精子の要件は「DNAに傷がない、細胞膜に傷がない、空胞がない、頭部が楕円の運動精子」へと、より厳密になりました。今後も、良好精子の要件は更新され続け、おそらくゴールはないでしょう。精子の機能や形態の異常が細かくわかるようになればなるほど、顕微鏡で観察して運動精子を選ぶことが、顕微授精のデメリットになります。
これまでは、体外受精で妊娠できなかったから、顕微授精にステップアップするのであり、日本産科婦人科学会も「最終手段」としてきました。人工卵管法 の登場により、顕微授精は最終手段ではなくなりました。今後は、顕微授精、体外受精(人工卵管法)のメリット、デメリットを考慮した上で、これらを適材適所で使い分け、さらに治療限界の論議を始める必要があります。
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