精子から見た不妊治療
医療・健康・介護のコラム
元気な精子なのに、実は頭部の細胞膜が破れてDNAに傷
精子選別の基本は、DNAに傷がない運動精子と、DNAに傷がつき、運動性を失った精子を 選 りわけることです。ところが、 一昨年の連載の中で紹介したように 、顕微授精を繰り返しても妊娠できなかったご夫婦に、精子は元気よく泳いでいるのにDNAがひどく切れている第3のタイプが見つかりました。その後の検査で、このようなタイプが決して、まれな例ではないことがわかりました。
細胞膜の傷を観察する方法を開発
兼子と研究チームの岡田由紀(東京大学定量生命科学研究所教授)は、ヒト精子頭部の細胞膜の傷を観察する方法を開発しました。特殊な赤い色素の入った培養液の中で精子を泳がせると、頭部の細胞膜に傷があれば、色素が浸透して赤く染まります。その後、ある種の溶解剤で細胞膜を溶かして青い色素で染めると、もともと細胞膜に傷がなかった精子は青く染まります。
細胞分離用の液体を組み合わせて選りわけると、DNAに傷がない運動精子はほぼすべてが青く染まり、逆にDNAに傷がつき、運動性を失った精子はほぼすべてが赤く染まります。予想通り、第3のタイプでは、頭部が赤く染まる運動精子がたくさんみつかりました。頭部の細胞膜が尾部の細胞膜よりも 脆弱 で傷つきやすいため、元気よく泳いでいるのにDNAが切れてしまう、新しいタイプの「隠れ造精機能障害」でした。この発見は、顕微授精のこれからに大きく影響します。
細胞膜の亀裂から体液の成分が流入
細胞膜の専門家に、詳しいお話を伺いました。一般の細胞をシャボン玉とイメージしてください。せっけんの薄い膜が細胞膜で、内部に核(DNA)やミトコンドリアなどが詰まっています。実は、細胞膜にはしょっちゅう亀裂が生じて、活性酸素を発生する有害な物質が細胞内に流入しますが、細胞膜の亀裂はすぐに塞がり、細胞内の抗酸化物質が活性酸素を無毒化してDNAを守ってくれます。
ところが精子は、作られる過程で、傷ついたDNAを修復する力を失います。さらに、細胞膜が破れれば、そのすぐ下にDNAがあるという二重苦です。私たちは、精子の細胞膜を傷つけると、周りから浸透した体液の成分がDNAを傷つけてしまうことを論文に報告しました。
実は、犯人ではないかと考えている成分は、ビタミンCです。体液中に存在するビタミンCは強力な抗酸化物質ですが、鉄や銅と反応すると、最も強力な活性酸素であるヒドロキシラジカルを発生し、悪玉に変身します。細胞膜の傷から頭部にビタミンC が浸透すると、核にわずかに存在する鉄や銅と触れ、DNAを粉々に切断するのではないか、と考えています。
頭部の細胞膜のみの傷なら元気に泳げる
精子は大まかに、頭部と尾部の二つの部分に分かれています。両方の細胞膜が傷つけば、DNAに傷がつき、運動性も失います。第3のタイプは「何らかの原因」で頭部の細胞膜だけが傷ついたため、運動性は保たれ、元気よく泳いでいたと考えられます。
体外受精や顕微授精に使われるレベルにまで選別した運動精子でも、DNAに傷がついた精子が数%から30%程度混じっていますが、第3のタイプでは、その割合が70~90%にも達します。「何らかの原因」が個人差の延長なのか、それとも、もっと深刻な「遺伝子の問題」が背景にあるのか、さらに研究を急がねばなりません。
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