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Dr.高野の「腫瘍内科医になんでも聞いてみよう」

医療・健康・介護のコラム

抗がん剤なんてつらいだけなのに、なんでやるんですか?

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「効果」とは「治療目標に近づくこと」

 プラス面というのは、「効果」と言い換えられますが、「効果」とは、いったい何を指すのでしょうか?

 「がんが治ること」

 「がんが小さくなること」

 「腫瘍マーカーが下がること」

 「症状が楽になること」

 「いい状態で過ごせること」

 「長生きできること」

などの答えが聞こえてきます。

 状況によっても、「効果」というのはいろいろありえるわけですが、間違いなく言えるのは、効果とは、「治療目標に近づくこと」だということです。

 「がんが小さくなること」「腫瘍マーカーが下がること」は、効果を判断するときの参考にはなりますが、それが究極の目標というわけではないですので、本当の「効果」とは言えません。治療目標を共有した上で、本当の「効果」が何なのかを考えておくことも重要です。

 遠隔転移のある進行がんの場合、がんを完全にゼロにすること(根治)は難しく、それは究極の目標でもないということは、前回のコラムで書きました。でも、根治できなければ意味がないと考えている患者さんも多くおられ、その場合は、根治が難しいことを前提に治療目標を考えている医者との間で、いろいろな食い違いが生じてしまいます。

進行がんの治療目標は「がんとうまく長くつきあう」こと

 進行がんの場合、私の考える治療目標は、「がんとうまく長くつきあう」ことです。がんがあることは受け止めた上で、それが悪さをしないようにうまく抑えながら、いい状態で長生きすることを目指します。今ある症状をやわらげ、あるいは、今後生じる可能性のある症状を未然に防ぎ、生活の質(QOL)を高めること、そして、命の長さを延ばすこと、それが、「効果」ということになります。

 これまで大切にしてきたこと、今置かれている立場や役割、これからやりたいことは、患者さん一人ひとりで様々ですので、それぞれが考える治療目標も違うでしょう。そういう価値観と治療目標を医療者と共有し、その上で治療の効果や副作用を考える必要があります。

 副作用というマイナス面も、価値観によって重みが違います。たとえば、抗がん剤には脱毛という副作用がありますが、命の長さが延びるとしても、脱毛は絶対に避けたいと思う方もおられますし、脱毛はあまり気にしない、という方もおられます。指先を使う仕事をしている方にとっては、指先のしびれという副作用は特に気になります。

 間違いなく副作用がある抗がん剤ですが、副作用があるから使わない、ということではなく、マイナスがあっても、それを上回るプラスがあるのかどうか、プラスとマイナスのバランスはどうなのか、副作用を抑えるためにどういう工夫ができるのか、効果はどうやって評価するのか、そんなことを意識して、医療者とも話し合いながら治療をしていくことが重要です。

 「標準治療なのだから、やって当然だ」という説明をする医療者もいますが、治療目標や価値観によっては、標準治療だとしても受けないという選択をする場合もあるでしょう。常に、自分にとってプラスなのかという視点で治療を考え、やるとなれば、医療者と力を合わせて取り組むべきかと思います。治療目標を共有できていれば、同じ方向を目指しながら、より適切な副作用対策もできるはずです。

目標に逆行しているなら、すぐやめる

 抗がん剤を実際に使ってみて、期待した効果が得られず、「つらいだけ」で終わってしまったという患者さんもおられます。「やらなければよかった」と思う場合もありえますので、治療を試すのかどうかは、慎重に考える必要があります。また、治療を試す場合も、プラスよりマイナスが上回るような場合にはすぐにやめる、という姿勢で取り組むのがよいと思います。治療すること自体が目標なのではなく、きちんとした目標のために行うのが治療ですので、目標に逆行しているならすぐにやめるべきです。

 もちろん、抗がん剤で効果が得られて、「がんとうまく長くつきあう」という目標を達成できている患者さんはたくさんおられます。目標に近づけているという実感があり、「抗がん剤を続けたい」と思えるのであれば、副作用対策をきちんとしながら、治療を続けていきます。

 「抗がん剤を開始してから、日に日に体調がよくなってきました」

 「抗がん剤をやっていて、毎日自分らしく過ごせています」

というのが、抗がん剤治療の本来あるべき姿です。

 「つらいだけ」と思われがちな抗がん剤ですが、イメージが先行してしまっているところもありそうです。次回も、抗がん剤に関する質問を取り上げたいと思います。(高野利実 がん研有明病院乳腺内科部長)

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高野 利実 (たかの・としみ)

 がん研有明病院 院長補佐・乳腺内科部長
 1972年東京生まれ。98年、東京大学医学部卒業。腫瘍内科医を志し、同大附属病院や国立がんセンター中央病院などで経験を積んだ。2005年、東京共済病院に腫瘍内科を開設。08年、帝京大学医学部附属病院腫瘍内科開設に伴い講師として赴任。10年、虎の門病院臨床腫瘍科に部長として赴任し、3つ目の「腫瘍内科」を立ち上げた。この間、様々ながんの診療や臨床研究に取り組むとともに、多くの腫瘍内科医を育成した。20年、がん研有明病院に乳腺内科部長として赴任し、21年には院長補佐となり、新たなチャレンジを続けている。西日本がん研究機構(WJOG)乳腺委員長も務め、乳がんに関する全国規模の臨床試験や医師主導治験に取り組んでいる。著書に、「がんとともに、自分らしく生きる―希望をもって、がんと向き合う『HBM』のすすめ―」(きずな出版)や、「気持ちがラクになる がんとの向き合い方」(ビジネス社)がある。

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