大橋博樹「かかりつけ医のお仕事~家族を診る専門医~」
医療・健康・介護のコラム
糖尿病悪化、人工透析を拒否し納得の上、亡くなった……これも患者の選択なのか?
忘れられない患者さんのお話をしたいと思います。腎臓の機能が低下し、人工透析をしないと寿命を縮めることがわかっているのに拒否した方です。82歳の患者さんは、糖尿病で10年以上、私の外来に通院していました。現役時代は大工さんで、見るからに頑固そうな 風貌 でしたが、薬の内服や食事などの生活指導については、しっかり取り組んでいました。
それでも長年にわたって糖尿病だと、合併症として腎障害を起こすことがあります。人工透析となる原因で最も多い疾患は糖尿病です。この患者さんも、少しずつ腎機能が低下し、人工透析を検討しなければならない程の状態になってしまいました。
透析をやるくらいなら死んだ方がマシだ!
いつも自転車で通院してこられるお元気な方でした。現在の病状と、これから生活を続けていくためには人工透析が必要なことを本人に説明すると、彼の口から予想外の言葉が出てきました。
「俺は絶対に透析はやらないよ、あんなのやるくらいなら死んだ方がマシだ」

イラスト:赤田咲子
私は 愕然 としました。透析を行った場合のメリットとデメリットについては、時間をかけて丁寧に説明しました。人工透析は、週3回、1回の治療につき4~6時間ベッド上で安静にしなければなりませんが、これまで通り自転車での買い物など生活を楽しむことができます。週3回病院のベッドで治療を受けるのは、確かに大変なことです。しかし、透析治療を受けた方がはるかに充実した毎日を送ることができると私は信じていました。
もし、透析を受けない場合は、さらに腎機能は低下し、全身のむくみやだるさなどが出てきて、寝たきりの生活になることは必至です。そして、程なく死を迎えることになるかもしれません。「透析を受けないなんて、自殺するみたいでありえない」と私は必死になって彼を説得しました。しかし、全く彼は考えを変えませんでした。
彼は言うのです。「病気で徐々に弱っていくのは、仕方がない。週3回も拘束されて、何時間もベッドの上にいるなんて考えられないし、そんなことをするのなら生きている意味はない」
「夫の好きなようにさせてやって下さい」と妻は言う
腎機能が極度に低下したら人工透析をする。医師としてはあたり前過ぎるほどの選択なだけに、繰り返し説得しても拒否を続けるのが理解できませんでした。もしや、自暴自棄になっているだけではないのか? 私一人ではとても説得できないと思って、彼の奥さんと面談しました。しかし、彼女の反応も意外なものでした。「あの人は、こうと決めたら誰が言ってもダメですよ。好きなようにさせてやってください」。本人も本人なら妻も妻だと、この夫婦に怒りの感情すらわき上がってきた時でした。
「今まで何度もあの人の考えに振り回されてきました。でも、いつもあの人は本気なんです。それでどうなっても、自分で責任を取ってきました。私も始めはついていけないと、いつも怒っていました。でも、今まで私も後悔していないんですよね。正解なんて誰もわからないし、あの人が本気で考えているのだったら、私も受け入れようって思ったら、イライラしなくなったんです」
長年連れ添ってきた奥さんしか語れない言葉でした。医療的な判断と夫婦の思い。どちらを優先するのか? 医師としては受け止めるのが難しいのですが、結論は明白です。
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医療の宗教性と多様性という言葉を、投稿時に何回か使わせていただいてますが、医療と看護と介護をまとめてみれば、一般人には複雑すぎる部分も多く、好きか嫌いかと信じるか信じないかのレベルまで行くのではないかと思います。年齢の数字だけで区別するのもどうかと思わないでもないですが、一方で年齢は一つの大きな指標です。本人と介護者や看護者の意見の一致や相違はすごく大事です。こういうケースを見ると、開業医や地域医療の難しさを感じます。この患者さんと家族は納得してはくれましたが、尿毒症による精神疾患のような症状や腎不全症状、心不全症状などなどの中で、急に意見を変えたり、感情を爆発させてしまう場合もあるのではないかと思います。遺影を作らせるとか、精神的にかなり圧迫感と準備を与えているのは、翻意するか否かを見極める意味合いもありますが、そういう技術はもちろん学生時代に習うものではなく、人間的な理解を深めるための経験や読書などの代理経験が必要なのだとわかります。
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