新・のぶさんのペイシェント・カフェ 鈴木信行
医療・健康・介護のコラム
病院に32年勤めた薬剤師 自らのがん経験を通じ 患者に寄り添う僧侶に
ここは、ある下町にあるという架空のカフェ。オーナーののぶさんのいれるコーヒーの香りに誘われ、今日もすてきなゲストが訪れて、話が弾んでいるようだ。(ゲストとの対話を、上下2回に分けてお届けします)

【今月のゲスト】
宮本直治(みやもと なおじ)さん
1960年生まれ。学生時代に肺がんの母親を自宅で看取る。大阪の病院にて薬剤師として勤務するかたわら、故野田風雪氏に師事して仏法を学ぶ。2007年胃がんステージⅢで手術。その後、僧籍を取得し、緩和ケア病棟(ホスピス)のビハーラ僧研修生。体験というそれぞれの持ち前を生かした社会活動に力を注ぎたいと、32年間勤務した病院を退職。2020年医療と暮らしを考える会を設立。医療と暮らしを考える会理事長。がん患者グループゆずりは代表。宿坊で語り合うガン患者の集い主宰。日本ホスピス・在宅ケア研究会理事。がん患者団体支援機構副理事長。ビハーラ僧(浄土真宗僧侶)。薬剤師。
医療と暮らしを考える会:メール iryou.to.kurashi@gmail.com
フェイスブックページ:https://www.facebook.com/groups/2678603975694950/
医療と暮らしを考える会 宮本直治さん(上)
ただならぬ空気がカフェの入り口から奥まで吹き込んできた。
見た目にはごく普通にお客さんが入ってきたにすぎない。しかし、カウンターでコーヒーをドリップしていた私は、その客から発せられる不思議な雰囲気に、驚きを感じた。
「こんにちは」
私はお冷やを置き、あいさつをする。
「のぶさんというのは、あなたですか?」
注文とともに、軽やかな関西弁風のイントネーションで、思いもしない言葉を私に投げてきた。
「あなたと話がしたくて、今日ここに来たんです」
なんと! ちょうど、店も空いている。宮本直治と名乗る男性と、少し話をしてみたいと私も思った。
与えられた人生の中で心豊かに生きるために
彼は病院薬剤師として活躍していた2007年に胃がんになり、手術などの治療を経験した。その3年後に僧籍を取り、緩和ケア病棟で患者に寄り添う宗教家(ビハーラ僧)の研修を受けた。
「肺がんの母を自宅で看(み)取った後、20年ほど仏法を聞いていたことが縁となって、手術後に僧侶を目指しました。そんな私が患者会の人たちの言葉に耳を傾けるうち、どれほど科学が進歩しても死は避けられず、揺らぐ心を落ち着かせようにも『医療や情報だけでは手に負えない現実』が見えてきました。一方で、死が待っているという前提で残りの人生をとらえると、私に見える風景が変わってきたのです」と宮本さんは話す。
そして、いつしか、与えられた人生の中で心豊かに生きることを伝えたいという思いがわき上がるなか、体の中から聞こえた声があったという。
「必要なものは与えている。さあ、次の時代に受け継ぐに値する文化創りをせよ」
それは宮本さんにだけ聞こえた声。言い換えると使命感だという。病状も落ち着いているいま、彼は何かに導かれるように32年間務めた病院を辞め、2020年「医療と暮らしを考える会」をつくった。
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