鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
妻と5歳の息子がいる40歳の急性骨髄性白血病患者 壮絶な合併症…看護師に渡したメモの最後に書かれていたこと
妻と5歳の息子がいる40歳の男性。急性骨髄性白血病で、最初の寛解導入療法(白血病細胞の根絶と正常な造血機能の回復を目的とするもの)では寛解に至らなかった。追加治療でも非寛解となり、治療に良い見通しが持てない予後不良群とみなされた。そこで、年齢、臓器機能、予後を考慮し、実弟をドナーとして、同種造血幹細胞移植を行うことになった。ただ、白血病の原因となる本人の細胞が残存したままの移植であり、移植した造血幹細胞が生着した後も、再発が懸念されていた。
患者は虫歯が一本もなく、 口腔 内の衛生面や、感染予防行動(移植後の食事などを中心にした様々な制限)に自信をもっていた。移植後に起きうる移植片対宿主病(GVHD:ドナー由来のリンパ球が引き起こす合併症で、患者の正常細胞を異物として認識して攻撃してしまい、発熱・皮疹・下痢・ 黄疸 ・悪心、 嘔吐 ・食欲低下・ 倦怠 感・重症感染症など様々な症状が出現する)についても、「話を聞くと大変そうだけど、多少のことは我慢できるし、自分はそれほどひどくはならないと思う」と言っていた。
担当の看護師は、寛解導入療法をする患者をケアした経験があったが、造血幹細胞移植の患者を受け持つのは初めてだった。必要なトレーニングは受けていたものの、初めて直面する状況に、「看護支援がうまくいかない」と感じていた。患者は、とてもまじめできっちりとした性格で、移植前の処置や食事内容の制限についてもよく勉強していた。その人に対し、自分は何をしたらよいのだろうという迷いを抱えていた。
「大丈夫ですか」…意味のない声かけばかりを
病棟では、移植コーディネーターも含め、毎週、多職種カンファレンスが開かれていた。中には、「患者は自信があると言っているけど、移植をきちんと理解していないかもしれない」という見方をする人もいた。そのため、受け持ち看護師として、改めて患者にGVHDの説明をした。本人は「十分、わかっている」と答えた。
しかし、移植後の体験は、患者にとって想像を超えたものだった。発熱が続き、悪心、嘔吐、下痢、骨痛に加え、白血球の好中球数がゼロに近いため、口腔粘膜炎があっという間に進行した。唾液すらのみ込めない。血液混じりのものを常に吐き、話すことすらつらそうだった。
看護の目的は、主にセルフケアの確立であり、「自分自身が乗り越えなければいけない」と捉えられていた。そのような場面に初めて遭遇した看護師は、これまでの経験など全く役に立たず、大丈夫であるわけがない患者に対し、「大丈夫ですか」と意味のない質問をするばかりで、看護師として何をすべきなのか見いだすことができなかった。つらそうで、邪魔になるだろうと考え、最低限の訪室になってしまった。
思い切って「支えてもいいですか」
このケースは、がん看護、化学療法看護に豊かなキャリアのある看護師が、「パートナーシップの形成について考えさせられた」と語ってくれたものです。
看護師はある時、腰を曲げ、壁につかまりながらシャワー浴に行く患者の姿を見つけました。発熱している状況で、「どうしても入らないとだめなのですね」というと、患者は小さくうなずいたそうです。セルフケアが重要とわかっていましたが、思い切って「支えてもいいですか」と聞くと、患者はまたうなずきます。看護師は、「私は、どんなにかつらいだろうと想像はできますが、本当には理解できていないかもしれません。移植を経験する患者さんを担当したのは初めてです。でも、看護師として、何かできることがあると思っています。患者さんが頑張っていることはわかっています。よくなることを私も願っています」と精いっぱい伝えたそうです。患者さんは笑っていましたが、看護師自身もその時、「患者さんの前で、久しぶりに笑ったかも」と思ったそうです。
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