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鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」

医療・健康・介護のコラム

妻と5歳の息子がいる40歳の急性骨髄性白血病患者 壮絶な合併症…看護師に渡したメモの最後に書かれていたこと

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渡されたノートの切れ端に書かれていたのは…

 患者は、声を出すことすらつらい状況だったので、コミュニケーションは筆談で行いました。嘔吐を繰り返すときは背中をさすり、汚れたティッシュを片づけ、汗をかいたらシーツを交換しました。患者は自分の身体の状況を表現し、分析することにたけていると思われたため、看護師としての見立てを、論理的に説明するようにしました。患者さんの様子から、一日の体調の変化の中で、症状が緩和していると考えられる時間帯について伝え、その時間帯を、シャワー浴やエアロバイクなどによる筋力向上に活用してはどうかと提案しました。

 口腔粘膜炎に対しては、患者が「痛みが抑えられれば、食事や口をすすぐこともできる」と考えていたため、鎮痛剤入りのうがい薬をいくつか検討しました。鎮痛剤の評価を一緒にしたいというと、患者は、「この薬は、1時間は効果があったが、食べられるようになるのは無理」「この液は、余計に口の中がねばねばする」など、細かく記載してくれました。口から栄養を取ることはとても重要で、口腔粘膜炎のトラブルを軽減させれば、治療意欲も向上するのではないかと考えたそうです。

 そんなある日、他のスタッフから、患者が書いたノートの切れ端をもらいました。そこには、「お願いがあります。棚からティッシュの箱を取ってください。寝る前はウトウトする点滴をしてください。それと、これを〇〇さんに渡してください」と書いてあり、その後には、「いまいちばんつらいこと」と題して、症状について克明に記してあり、それから数行空け、最後に「一日が……ながい」と小さく書かれていました。それを見たとき、看護師は、思わず涙ぐんだといいます。患者さんは、移植患者へのケアの経験のない自分に、「移植患者の体験」について身をもって伝えてくれたのだと看護師は受け取りました。

看護の知識や技術だけではなく

 看護師は、このような患者さんとのかかわりを積み重ねた経験から、「移植したらそれで終わりではなく、そこからが本当の闘いであり、そのためには、患者さんの揺るぎない強い意志が必要だ」と理解したそうです。そして、「どう乗り越えるかという患者さんの『セルフケア』をともに模索し、支援していくことが大事」とも語ってくれました。

 「支えてもいいですか」という問いに患者さんがうなずいた時、看護師は自分のことを必要としてくれるタイミングがあるのだと思い、また、自分の未熟さも正直に話しました。その時を境に、未熟であったとしても、何とか患者さんを理解したい一心で向き合うことができました。

 あるときは、「患者さんがどう感じているか」を看護師が代弁し、あるときは、専門家としての考えを率直に本人に伝えていく。そんなやりとりが続くなかで、移植患者のケアに熟達していない看護師であっても、患者は心から信頼し、自分の気持ちを 吐露(とろ) してくれるようになりました。看護の知識や技術を専門家として兼ね備えていることは大切ですが、それだけでは十分ではありません。患者さんの苦境に心が動かされ、人間としてかかわろうとすることが、患者と看護師のパートナーシップにつながっていくのだと感じます。(鶴若麻理 聖路加国際大准教授)

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tsuruwaka-mari

鶴若麻理(つるわか・まり)

 聖路加国際大学教授(生命倫理学・看護倫理学)、同公衆衛生大学院兼任教授。
 早稲田大人間科学部卒業、同大学院博士課程修了後、同大人間総合研究センター助手、聖路加国際大助教を経て、現職。生命倫理の分野から本人の意向を尊重した保健、医療の選択や決定を実現するための支援や仕組みについて、臨床の人々と協働しながら研究・教育に携わっている。2020年度、聖路加国際大学大学院生命倫理学・看護倫理学コース(修士・博士課程)を開講。編著書に「看護師の倫理調整力 専門看護師の実践に学ぶ」(日本看護協会出版会)、「臨床のジレンマ30事例を解決に導く 看護管理と倫理の考えかた」(学研メディカル秀潤社)、「ナラティヴでみる看護倫理」(南江堂)。映像教材「終わりのない生命の物語3:5つの物語で考える生命倫理」(丸善出版,2023)を監修。鶴若麻理・那須真弓編著「認知症ケアと日常倫理:実践事例と当事者の声に学ぶ」(日本看護協会出版会,2023年)

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