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精子から見た不妊治療

医療・健康・介護のコラム

結婚直前に無精子症判明で破談 精子精密検査が開けるパンドラの箱

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結婚前の精液検査増加

 以前から、結婚を控えている女性を対象として、感染症や子宮、卵巣の状態など、妊娠や出産に影響を与える病気の有無を調べるブライダルチェックが行われてきました。最近の傾向として、未婚男性が自発的に、もしくは結婚予定の彼女から勧められて、精液検査を希望するケースが増えています。いわば、男性向けのブライダルチェックです。ご自分の精子の状態を早い時期に把握しておくのは、大変良いことです。しかし、問題は厳しい結果が出た時です。

 ある泌尿器科医から、ウェディングドレスの仮縫いが終わった後、精液検査で無精子症がわかり、破談になったケースを聞きました。そこで研究チームOBの泌尿器科医2人に同じ質問をしたところ、数例ずつ、破談になったケースを経験しており、「大変微妙な問題だ」と口をそろえました。

 私たちは、精液を顕微鏡で観察して、精子濃度と運動率をチェックする程度では精子の実力はわからない、とお話ししてきましたが、婚前の男性に精子精密検査をすることが是か非か、意見はまとまりませんでした。

厳しい結果が出たら逃げ場なし

 この検査は、生殖補助医療にエントリーできるかを判定することを目的としており、厳しい結果が出ると、もう逃げ場がありません。精子が元気に泳いでおり、不妊なんて遠い世界のことと思っていた未婚男性に、いきなり「結婚なされても、お子さんは難しいかもしれません」などとお話しすることになります。不妊治療の入り口に立とうというご夫婦以上に心の準備がないまま、一人で厳しい事実を受け止めなくてはなりません。

 女性は、排卵誘発しても得られる卵子は数個から十数個であり、せっかく採れた卵子を壊して検査することには抵抗があります。男性のみに精密検査が可能であるという、今までと逆の世界が始まるわけです。サイエンスとしては、重症造精機能障害の背景、そして治療困難であることを隠すべきではないと思います。一方、それを知らせることは、その人に「結婚弱者」としての 烙印(らくいん) を押すことになります。

精子検査の結果を隠して結婚したら告知義務違反?

 例えば、生命保険の申し込みの際、現在の健康状態や職業、過去の病歴など、保険会社が確認する重要な事項について、ありのままを報告(告知)する義務があります。これを結婚予定の男女に当てはめると、造精機能の告知に当たります。

 前出の泌尿器科医は、造精機能障害は 瑕疵(かし) 、すなわち「当事者の予期するような状態や性質が欠けている」ことに相当する可能性があり、女性が婚前に精子精密検査を要求するのは当然のことであろう、と話していました。将来的に、精子検査の結果が悪かったのを隠して婚活し、結婚した後に告知義務違反などと言われたら、どうしたらよいのでしょうか?

 私たちは、パンドラの箱を開けてしまったかもしれません。しかも、最後に希望が残らないパンドラの箱です。人間、なんでも知っておいた方が良いのか、知らなくても良いことがたくさんあるのか、簡単に結論が出るものではありません。(東京歯科大学市川総合病院・精子研究チーム)

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精子から見た不妊治療

兼子 智(かねこ・さとる)
東京理科大大学院、慶應大大学院修了。薬学博士、医学博士。東京歯科大市川総合病院産婦人科非常勤講師


黒田 優佳子(くろだ・ゆかこ)
慶應大医学部卒、同大学院修了。医学博士。「黒田インターナショナル メディカル リプロダクション」院長


萩生田 純(はぎゅうだ・じゅん)
慶應大医学部卒。博士(医学)。東京歯科大市川総合病院泌尿器科講師


中川 健(なかがわ・けん)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院副院長、泌尿器科部長、副リプロダクションセンター長


高松 潔(たかまつ・きよし)
慶應大医学部卒。医学博士。東京歯科大教授,同大市川総合病院産婦人科部長、リプロダクションセンター長

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