ココロブルーに効く話 小山文彦
医療・健康・介護のコラム
【Track9】対人トラブルによる不安障害の女性を支えた職場の仲間たち
生真面目さが招いた自責の念
ユウコさんは、道理や上下関係にとても厳しい両親のもとで育ちました。学生時代には、校則や約束を破ることはありませんでした。あまりにも生真面目過ぎるため、幼少の頃から、目上の人や先輩の意向にそむくことや失礼をしてはいけない、といった気持ちが、強く醸成されてきたようです。
だからこそ、時間とともに「アイさんからの依頼を、冷淡な態度で断ってしまった。他のグループも大変だったのに……」との自責の念がどんどん強まり、翌日には自宅を出ることができなくなったのです。
仕事を休み始めて3日目の午後、ユウコさんのもとに職場の保健師Aさんから電話があり、自分の状態を伝えることができました。
入社以来、A保健師との間には、体調のことなど、日頃から相談しやすい関係ができていました。というのも、ユウコさんは入社間もない2年前にも、職場の人間関係から不安障害を起こし、メンタルクリニックに通院しながら、しばらく休職した経験があります。当時から、ユウコさんはAさんに対しては、自分の体調について、ざっくばらんに相談するなど、親しい間柄だったのです。前年に会社で実施したストレスチェックの際にも、ユウコさんの内面に負担がかかっていたことがわかり、会社に産業医として出向いていた私との面談を、Aさんが仲介してくれました。
ユウコさんからの電話ですぐに状況を理解したAさんは、かつてと同様に、私が産業医として来社する日を伝え、面談のために出社することを勧めました。なるべく早いうちに対応しなければ、ユウコさんの改善に時間がかかり、再び休職に至ってしまうと感じ取ったためです。
産業医との面談の日に、駅で…
面談の日、ユウコさんは予定の時刻に間に合うように自宅を出ました。ところが、職場の最寄り駅に到着すると、アイさんの顔が頭に浮び、軽い 動悸 を感じました。
駅から職場までは徒歩5分ほどの距離ですが、このままでは、以前にも経験した過呼吸が起こりそうです。そこで、以前にメンタルクリニックで処方された抗不安薬「アルプラゾラム」を服用してみました。もしものときに備えて、いつも携帯していたのです。それでも、動悸は治まらず、駅舎のベンチに座り込んでしまいました。
なかなか現れないユウコさんを心配したAさんが電話をかけ、すぐに駅に向かいました。アルプラゾラムの効果が出てきたのか、ようやく落ち着きを取り戻したユウコさんは、やっとAさんと一緒に職場の健康支援室に到着しました。
まず、不調を押して面接に来ることができたユウコさんを私がねぎらい、同席していた保健師、人事労務担当者とともに、今後の働き方ついて話し始めました。
働く人にとって「いい職場」とは
結果的に、ユウコさんの不調の原因が、「自分の冷淡な態度で、職場の先輩を怒らせてしまった」という不安と自責の念であることが改めて明らかになったため、アイさんを含む製造グループのメンバーと会って話すことが必要だろう、となりました。
面接の時間帯には、アイさんをはじめ製造グループのメンバーにも待機してもらうように、Aさんがアレンジしていました。
アイさんと対面することで、再び不安が高まっていたユウコさんでしたが、グループのメンバーと話さなければ、いつまでも事態が好転しないことも十分に理解していました。
まもなく、健康支援室のドアが開き、製造グループのリーダー以下、男女メンバー4人が入ってきました。アイさんも、少し照れたような笑顔で現れました。
その瞬間、メンバー全員が一斉に声を合わせて、「待ってたよおー!」と、明るい声でユウコさんに近寄っていったのです。涙があふれ出したユウコさんは、すかさず椅子から立ち上がり、「アイさん、ごめんなさい!」「みなさん、すみませーん……」と泣きながら、アイさんの元へ駆け寄りました。
2人は肩を抱き合い、互いに「ごめんね」「ごめんなさい」「気にしてないよ」と言葉をかけ合いながら、時が経過していきました。その場にいた人は、誰もが思わず顔を見合わせ、誰からともなく、「いい職場だね」とほほえみ、 安堵 しました。
私は、ユウコさんにメンタルクリニックへの受診を勧め、アイさんには先輩として寛容に振る舞ってくれたことへの感謝と労いの言葉をかけました。
その後、ユウコさんは休むことなく出勤し、しばらくはかかりつけ医にも通院する予定です。グループの仕事は、相変わらず多忙を極めているようですが、リーダーを中心に、ワークシェアなどを進め、うまく回転しているようです。
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