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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

新型コロナのウイルス変異 英国はなぜ強力な対策を取ったのか

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感染拡大は人の動きが増えたから、との解釈も

 現実には、ウイルスの広がりはウイルスのキャラだけが決めるのではありません。いや、こと、新型コロナウイルスに関して申し上げると、むしろ「人」の要素のほうが感染を広げる主たる要因になっています。感染者とそうでない人が密になって交流したら、どんどん感染は広まりますし、感染者とそうでない人が離れた場所にいて「感染経路」が遮断されていれば、感染は広がりません。ウイルスがどんなに変異しようが、ここはまあ、関係ない。

 なので、今回の英国南部の感染の広がりも、人の交流が増えて、感染対策、自粛行動がとれていないからではないか、という解釈も成立します。

 が、それは「解釈」の一つでしかありません。間違っている可能性もあります。もし、間違っていたら? そのときはこの(仮定の話ですが)「広がるスピードの速い」タイプのSARS-CoV-2が英国南部のみならず、他の地域にまで飛び火して、パンデミックをさらに悲惨なものにしないとも限りません。

 よって、「ウイルスのキャラが変わった」という確証がない段階で、「ウイルスのキャラが変わった」という前提でアクションを起こさざるを得なかった。これが英国政府の判断でした。

感染の広がりを抑えるために 取るべき対策はひとつ

 目の前には二つの仮説があります。

1.ウイルスのキャラが変わった。よって、感染が広がりやすい。

2.ウイルスのキャラは変わっていない(あるいは、それほど変わっていない)。感染が広がっているのは人の動きのほうが主たる理由である。

 このように、異なる二つの仮説があり、かつどちらが正しい仮説か分からないときに、「どっちの仮説が正しくても最適なアクションをとる」ために用いられるのがゲーム理論です。ぼくのゲーム理論の理解は、数学者がやるようなそれよりもレベルの低いものですが、それでもぼくら、臨床医は毎日のようにこのゲーム理論を活用しています。例えば、

1.患者の病気にはAという薬が効く

2.患者の病気にはAという薬が効かない

 という二つの仮説があり、どちらが正しい仮説なのか分からない。しかし、現場の医者は、

 「あなたの病気にはAという薬が効くかもしれませんし、効かないかもしれません。どっちが正しいのか分からないので、この問題は継続審議ということで、来年度またいらしてください」

 という返答はできません。医者には「分からないこと」がとても多いのですが、それにもかかわらず、「今、ここ」で意思決定をし続けなければいけないのです。急な病気のときはなおさらです。この場合はAという薬の効果の期待と、薬がもたらす副作用等のリスクとの勘案事項となります。

キャラ変の分析確定を待っていては遅い

 さて、9月に見つかったこの変異株。11月にはロンドンの症例の4分の1がこの変異株による感染でした。数学者が変異株とそうでない株での感染の広がりの違いの計算を試み、最大で70%、伝播(でんぱ)のしやすい株だそうです。ただし、現段階ではこの解析も暫定的なもので、結論は今後の解析がもたらすもののようです。

 ウイルス学者によると、このウイルスの突然変異が確定的に「スピードを速めている」かどうかを確認するには週、あるいは月単位の時間がかかるそうです。しかし、そんなに待っていて「実はたいへんなウイルスでした」という結果をただ待つのは愚策です。よってジョンソン英首相はすぐに決断し、ロンドンと周辺をロックダウンしました。英国発の航空機も軒並みキャンセルになりました。

 大事なことは、このようなジョンソン首相の果断は、仮に仮説が間違っていて、

 2.ウイルスのキャラは変わっていない(あるいは、それほど変わっていない)。感染が広がっているのは人の動きのほうが主たる理由である。

 方が正しかったとしても、結局は「今以上の感染対策が必須」という結論を導くことに変わりはないのです。よって、ロックダウンの施行は正当化される。だって、人の動きが原因で感染が広がっていたとしたら、「では、現状維持で」という選択肢はありえないからです。ご理解いただけますでしょうか。

 このように、どちらの仮説が正しくても、妥当な判断を目指す、ゲーム理論的な考え方が大事なのです。ジョンソン首相の判断は、ここでは実に妥当だったとぼくは思います。この変異株が世界中に広がってしまえば、新型コロナとの闘いはさらなる苦戦に陥る可能性があります。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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1件 のコメント

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個人や集団の個別判断の為の論拠の共有

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

昨年の終わりごろから新型コロナウイルスが表社会に出現して変異して、それがどこまで偶発でどこまで人為的かは不明ですが、改めて重要なのは今後も続く新...

昨年の終わりごろから新型コロナウイルスが表社会に出現して変異して、それがどこまで偶発でどこまで人為的かは不明ですが、改めて重要なのは今後も続く新型コロナと他の病原体や体内要因および社会要因の綱引きをしながら医療を存続させることと経済や政治外交その他を並列させることです。
UK=英国には英国の医療や政治の事情もあるので、それは一つの参考ですが、その結論の政策のみならず、岩田先生がお示しになられたような論拠というものは大事なのではないかと思います。
エビデンスは切り取られた条件付きの情報を人間が解釈したものに過ぎず、しばしば暴走する事実も含めて、数年前のディオバン事件の反省を日本は前向きに生かすべきだと思います。
エビデンス以外の情報や願望に沿わない結果も受け入れて再考する必要があります。

空気中でも最低3日間も生きると言われるウイルスが風に飛んで拡散しないわけもないですが、バリバリの密集地域や防護なしでの危険区域の滞在を減らすことは大事だと思います。
同じく人の心は風任せですが、いくつかの論拠があれば、行きすぎや想定外の事態が発生した時の抑止力にはなります。
変異種の毒性が同程度なら、今は程々に密集を避けて、家や職場の近所で個人や少人数で飲食する程度は認めないと、禁酒法時代よろしくかえってアングラ化しますし、生活も精神も持たないでしょう。
人間は正しい事だけを続けられる生き物ではありません。
コロナがさらに悪性に変異したり、他の病原や社会問題が発生した時の余力を残しておくことは集団心理の問題として大事だと思います(今の時点での完全ロックダウンは個人的に反対です)。
また、看護師や医師の退職のニュースもありますが、制度や施設に設備の再編成も必要でしょう。
誰にとっても最善の判断など存在しませんが、論拠まで共有することで、個人や集団にベターな判断の幅を持たせることができます。

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