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大橋博樹「かかりつけ医のお仕事~家族を診る専門医~」

医療・健康・介護のコラム

医学部では、風邪や包丁で指を切った時の治療法は学ばない!?

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 皆さんはじめまして。多摩ファミリークリニック院長の大橋博樹と申します。神奈川県川崎市で「家庭医」として働いています。家庭医って? あまり 馴染(なじ) みのない言葉かもしれません。連載の初回として、私の自己紹介とも絡めながら、家庭医についてお話ししてみたいと思います。

イラスト:赤田咲子

イラスト:赤田咲子

 私の祖父は、茨城県の農村地域で開業医として従事していました。人口2000人のコミュニティーを引き受ける過疎地のお医者さんで、地域の人たちからも信頼されていました。幼少時の私は、遠くから祖父母宅に遊びに行っても、一緒に出かけることはあまりありませんでした。なぜなら、休日や夜間でも、患者さんは診療所兼自宅の祖父の元を訪ねてくるからです。0歳の赤ちゃんからお年寄りまで、「熱を出した」「包丁で指を切った」、時にはお母さん豚に踏まれた子豚まで……。

 「しょうがないなあ」と言いながらも、決して面倒くさがらずに祖父は患者さんの求めに応じて診察していました。時には私をお供に、往診に赴くこともありました。いつの間にか私はそんな祖父の後ろ姿に憧れを持つようになりました。

町医者になりたかったが、大学は専門分化され、狭く深く

 「祖父のような医師になりたい」と決めたのは、高校に入ってすぐでした。猛勉強の末、1年間の浪人生活も経験し、医学部に入学しました。医学の勉強は興味深く、楽しく、充実した毎日を送っていましたが、ある日、ふと疑問が湧きました。医学部では最新の胃がん治療や脳卒中治療の講義はあっても、風邪や包丁で指を切った患者の治療法についての講義はなかったのです。

 私は、祖父のような「町医者」になりたかったはず。先輩や指導医の先生に、どうしたら町医者になれるのか聞いてみました。すると、答えは皆同じでした。「町医者っていうのは、医者としての経験をつめば、自然とできるもの。改めて勉強する必要はない」と。私が学んだ大学の付属病院には、30以上もの診療科があり、専門分化して「狭く深く」診療や研究が行われていました。それを極めれば、祖父のような何でも診られる町医者になれるという理屈が、その当時から理解することができませんでした。

「家庭医」という町医者になるためにアメリカで学ぶ

 医師国家試験に合格し、2年間は臨床研修医として、内科や外科、小児科、救急など様々な診療科をローテーションしながら臨床技術を身に付けました。いよいよ医師3年目になって、専攻を決めるという段階になりましたが、私はどうしても決めることができませんでした。町医者になりたい自分が専攻すべき診療科がわからなかったのです。頭を抱えていた時に、ある指導医が私に「家庭医を見てきたらどう?」と勧めてくれました。家庭医? 家庭の医学? 私は初めての言葉に戸惑いました。その指導医に聞くと、「米国にはお前の言う町医者を専門にする医者がいて、家庭医と呼ばれている。そして、家庭医になるための研修システムもある」ということでした。ちょうど有給休暇も残っており、すぐに荷物をまとめて、米国ミシガン州にあるミシガン大学を訪れました。

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大橋博樹(おおはし・ひろき)

多摩ファミリークリニック院長、日本プライマリ・ケア連合学会副理事長。
1974年東京都中野区生まれ。獨協医大卒、武蔵野赤十字病院で臨床研修後、聖マリアンナ医大病院総合診療内科・救命救急センター、筑波大病院総合診療科、亀田総合病院家庭医診療科勤務の後、2006年、川崎市立多摩病院総合診療科医長。2010年、多摩ファミリークリニック開業。

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1件 のコメント

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時代が変われば医師も診療もあり方が変わる

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

機械の進歩、技術の進歩に人間の頭や常識はなかなかついていかないものです。 僕は新研修医制度初期の世代ですが、その時の指導医は旧制度バリバリで、今...

機械の進歩、技術の進歩に人間の頭や常識はなかなかついていかないものです。
僕は新研修医制度初期の世代ですが、その時の指導医は旧制度バリバリで、今や還暦を迎えているであろう、その友達や同級生の町医者は、それまでの経験でなんとなく転職できた、という認識があったのではないかと思います(その認識が正しいかどうかは別として)。
そして、今以上に、人材が大学の医局人事の配下にあり、CTやMRIなど、大学と一般病院やクリニックの機械の格差も資本格差に比例して大きかったのではないかと思います。
指の切り傷、その最大級の切断指は、大学によっては形成外科も生まれていましたが、15年前の当時はまだ存在しない大学もありました。
内科、外科から各診療科に細分化されていった昭和、平成の時代がありました。
風邪はむしろ除外診断の方が大事、という認識も今ほどは情報共有がなされていなかった時代だと思います。
赤チン塗って傷口を乾かすのが常識だった時代も変わりました。
そして、何よりも、ある程度の標準医療どころか最先端の考えや基準が一般人にも共有される時代になりました。
今や、論文や教科書も半分すっ飛ばしながら、各学会がSNSで直接一般大衆に語り掛け始める時代です。
地域によっても、個人や組織によっても、1-3次レベルの患者をどのタイミングでどう触って受け渡していくのかは課題ですが、家庭医の今までだけでなく、これからどうなるのかまで語ってほしいとは思います。
欧州ビッグクラブの元サッカー監督が、全てをGM兼監督が取り仕切ることはなくなったとの時代の変化を書いていました。
おそらく、先生が経験して身に着けてきた家庭医のコアを、新しい先生方は違う背景とシステムで身に着けていくのではないかと思います。
放射線科で研修を受けた家庭医はおそらく患者の問診や聴打診からいくつかの画像をイメージして、診断或いは後送の判断をするでしょう。

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