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アラサー目前! 自閉症の息子と父の備忘録 梅崎正直

医療・健康・介護のコラム

背後から現れた獅子舞の顔にびっくり! 寅さんゆかりの店で大騒ぎ

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 お正月は3日になっても、柴又帝釈天の参道は人であふれている……というのが例年の風景だが、迎える令和3年の幕開けはどうだろうか。北九州の祖父母が生きていた時は、ほぼ毎年帰省していたのだが、ここ数年は地元で年末年始を過ごしている。比較的近い帝釈天で初詣をするのが通例となりつつある。

 その年、帝釈天の境内には懐かしい「猿回し」も来ていて、洋介も興味津々だった。猿はつながれていて、自分のところには来ないとわかるから余裕である。お参りの後、帰り道では、老舗のだんご屋さんに入った。映画「男はつらいよ」でも知られる、あのお店だ。多少の行列に並んで入った店内には、渥美清や山田洋次監督の撮影時の写真などが飾ってあった。しかし、そうしたものに洋介の関心はなく、ただ待っていたのは 餡子(あんこ) がたくさんのった草だんごである。そのお目当てのものが、ようやく席に届けられたころ、“あれ”がやってきた。

 真っ赤な顔に大きな歯の獅子舞である。店内のお客さんを喜ばせようと、お店が招き入れたものだが、それが突然、洋介の背後から現れて顔をのぞき込んだからたいへん。「うおー!」と大きな声を上げて店内を逃げ惑う。獅子舞が何かを知らない洋介にとってみれば、あの大きくて怖い顔が不意打ちで至近距離に迫ってきたのだから、動転して当然だ。この騒ぎには、お客さんも獅子もびっくり。その後は、獅子のほうが気を使ってくれたが、僕ら家族はちょっとだけ面白かった(怖かった洋介には申し訳ないが)。

イラスト:森谷満美子

イラスト:森谷満美子

一枚の年賀状

 正月に限らず帝釈天を度々訪れるのは、「寅さん」について、僕に少し特別な思いもあるからだ。

 15年ほど前になるが、山田監督をインタビューする機会に恵まれた。テーマは、映画のラストシーンによく出てくる「寅さんからの便り」についてだった。 金釘(かなくぎ) 流の独特な字、堅苦しい口上で反省の思いを伝えるあのはがきである。監督によると、文字については大道具のスタッフが、わざわざ利き手でない方の手で、たどたどしく書いたものだそうだ。そして、その文面について、印象的な話を聞いた。雑誌や新聞に少し書いたことがある話で恐縮だが、覚えている人もいないだろうから、もう一度。

 山田監督の友人に、少年院の教師がいた。そこに知的障害のある少女が入ってきた。売春を繰り返していた。教師らは、愛情と肉体は別々のものではないこと、だから売春をしてはいけないことを伝え続けたけれど、少女はピンとこない様子のまま退所した。心の内で案じていたが、数年たったある正月に一枚の年賀状が少年院に届く。そこにあったのは、「思い起こせば恥ずかしきことの数々、今はただ、後悔と反省の日々を過ごしております……」と、少女には似つかわしくない口上(監督は「無声映画のセリフのよう」と言った)が並べられていた。きっと、誰かに教わって、懸命に書いたのだろう。その姿を思うと、うれしくて、悲しくて、職員らは互いに顔を見合わせて笑い合うしかなかった……という。

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梅崎正直(うめざき・まさなお)

ヨミドクター編集長
 1966年、北九州市生まれ。90年入社。その年、信州大学病院で始まった生体肝移植手術の取材を担当。95年、週刊読売編集部に移り、13年にわたって雑誌編集に携わった。社会保障部、生活教育部(大阪本社)などを経て、2017年からヨミドクター。

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2件 のコメント

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理解し、その個性を認める

松ちゃん

わが子の障害を認めるというのは、長い長い道のりです。距離が縮まったり、離れたり、悩みながら、受け入れていきます。誰もが大変な思いをしています。 ...

わが子の障害を認めるというのは、長い長い道のりです。距離が縮まったり、離れたり、悩みながら、受け入れていきます。誰もが大変な思いをしています。
わが子を理解し、その個性を認める・・・、素晴らしい言葉ですね。
梅崎さんのご家族がずっと幸福であるように、この新年にお祈りしています。
「最終回が寂しい」さんも、決して独りではありませんので、ゆっくりと歩みを進めてください。遠くから応援しています。

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最終回が寂しい

最終回が寂しい

これは本シリーズへの感想、あるいは、感謝です。申し訳ございませんが、投稿ではありません。 私も重度の知的障害をもつ子の父です。梅崎さんや他の親の...

これは本シリーズへの感想、あるいは、感謝です。申し訳ございませんが、投稿ではありません。
私も重度の知的障害をもつ子の父です。梅崎さんや他の親のように達観できず、子を憎み、そのような自分を憎む往復が続いています。支援学校で他の子や親御さんを見てはいましたが、梅崎さんの体験談を読むことは特別でした。日本中どこにでもあること、「独り」ではないんだという思いを得られることが梅崎さんの記事から得られる最大の贈り物でした。梅崎さんの文体も優しさがありすきでした。だからこそ、梅崎さんのこの記事にお会いできないことがとても残念です。

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