町田忍の昭和回想
回想サロン
櫓から 早期発見 火の用心
昭和は遠くなりにけり--。銭湯や手描き看板をカメラにおさめ、お菓子のパッケージを収集するなど、庶民の暮らしを見つめてきた町田忍さんが、懐かしいあれこれをイラストにして回想します。みなさんも古いアルバムや本、新聞を引っ張り出し、町田さんのイラストと合わせて、昔を振り返ってみてはいかがでしょうか。 |
火の見櫓


かつての消防署といえば火の見櫓があり、24時間体制でまちの火災を見張っていた。それは、江戸時代からの伝統でもあった。形もいろいろで、鉄骨造りの塔の上に見張り小屋があり、半鐘がぶら下がっているものや、今回紹介した立派なコンクリート造りなどいろいろだ。
かつて、街中で高いものといえば、銭湯の煙突か火の見櫓くらいだった。まだ高いビルも少なく、火災をいち早く発見できた。電話がまだ普及する以前のことである。電話が普及する前は、まちのいたるところに火災報知器があり、火災を見つけた人は、その丸いガラス窓を破り、ボタンを押して消防署に通報する仕組みだった。描いたのは昭和8年(1933年)にできた港区の高輪消防署二本榎出張所で、火の見櫓(望楼)がてっぺんにそびえている。
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