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ペットと暮らせる特養から 若山三千彦 

医療・健康・介護のコラム

癒やし猫(中)「トラは私の弟なの」重度認知症の女性 猫と暮らして穏やかに

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 「私は兄弟がいないから、この子が弟みたいなものなの」

 それが、角田千代子さん(仮名、80歳代女性)の口癖でした。膝の上で丸くなっている猫のトラをなでながら、このセリフを言う時、角田さんはまるで幼女のように無邪気な表情を浮かべました。おそらく、角田さんの心は幸せだった子供時代に戻っていたのでしょう。

入居当初、まともに会話ができず徘徊も

トラを膝に乗せる入居者

トラを膝に乗せる入居者

  角田さんが、さくらの里山科に入居した時、既に重度の認知症でした。息子さんのこともわからなくなる瞬間が多かったそうです。常に記憶は混乱しており、色々なことが理解できなくなっていたため、まともな会話はできませんでした。

 日時や曜日、場所がわからなくなる見当識障害の症状もあり、自分が誰か、ここがどこか、今がいつかがわからないこともしょっちゅうでした。そんな状態になると、家の外に出たがります。そして、いったん外に出てしまうと帰ってきません。つまり、外を徘徊はいかいしてしまうのです。そんな状態ですので、家族は角田さんから目を放せず、ほとほと参ってしまっていました。

孫が猫アレルギーで、自宅では猫のいない暮らしに

  猫が大好きな角田さんは子供の頃からずっと猫を飼っており、猫といれば落ち着いていられました。ご主人を亡くして一人暮らしになった後も猫を飼っていたのですが、その猫が死んだのを機に、息子さん一家と同居することになりました。

 しかし、息子さん一家は、お子さん(角田さんのお孫さん)がアレルギーだったため、猫を飼うことはできません。おそらく角田さんは、物心ついて以来、初めて猫のいない暮らしに直面したのだと思われます。そのため、一気に認知症が進んでしまいました。ご家族は、さくらの里山科で再び猫と一緒に暮らせば、少しは落ち着いてくれるかと願い、入居を決めたのです。うちのホームのペットユニットの入居者様には、よくあるパターンと言えます。

ホームで猫と暮らし、困った行動が減少

  ご家族の期待通り、猫と一緒に暮らすようになると、角田さんは非常に穏やかになりました。認知症が治ったわけではないのですが、認知症故に起こす様々な行動は少なくなりました。私たちはたびたび目にしたことですが、猫好きの方にとって、猫と一緒に暮らすことの効果は本当に大きいのです。

 「トラが私の弟なの」。そういう時の角田さんの心は、幼かった頃に戻っていたと思われます。認知症の方の精神の動きはまだ解明されていませんが、昔に心が戻ってしまうことがあると言われています。認知症の有名な症状の一つに帰宅願望があります。自宅にいても、家に帰りたい、外に出せと騒ぐ場合があります。それは、心が昔に戻っているので、今住んでいる家が自分の家と認識できない、という説があります。もしかすると、角田さんが息子さんの家で暮らしていた時も、過去のどこかの時点に心が戻ってしまったため、出ていってしまったのかもしれません。

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若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

 社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里 山科」(神奈川県横須賀市)施設長

 1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里 山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取みといぬ文福ぶんぷく 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。

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