精子から見た不妊治療
医療・健康・介護のコラム
精巣はパワフルだけどデリケート 大気汚染の影響も懸念
精巣は、体内でも最もパワフルに細胞(精子)を造っている臓器ですが、反面、細胞分裂を邪魔する薬や物質の影響を真っ先に受けるデリケートな臓器です。
造精機能を強く傷害する抗がん剤
最も有名な例が抗がん剤で、造精機能を強く傷害します。私たちの生活環境には、精巣に悪影響を与える物質が山ほどあります。研究チームの横田理(国立医薬品食品衛生研究所、安全性生物試験研究センター・毒性部、主任研究官)は、様々な化学物質が精巣や造精機能に与える影響を研究しています。
精巣はたくさんの精子を造るとともに、男性ホルモンを造っています。その働きを乱す物質は、造精機能障害やホルモン異常の原因となります。医薬品の開発に際しては、造精機能に悪い影響がないか、試験します。サプリメント、環境中の化学物質なども問題が見つかれば規制が行われますが、網から漏れているものがたくさんあります。
ビタミンAの過剰摂取による生殖毒性
昨年12月18日のコラムで、ビタミンAを高濃度に含むレバーは、胎児に悪い影響があるので、妊娠3か月以内の方や妊娠の可能性のある女性は、過剰に摂取しないようにお話ししました。生殖毒性の視点でもう少し、ビタミンAのお話をさせてください。
皮膚にくっきりした赤い斑ができる乾癬や、全身の皮膚がうろこ状になって剥がれ落ちる魚鱗癬は、皮膚の角質が異常に増殖する重い皮膚病です。その治療に、ビタミンAの効き目を強めたエトレチナート(商品名:チガソン)というお薬を使います。ビタミンAは胚や胎児の発育に重要な役割を果たしていますが、エトレチナートには強い催奇形性(胚、胎児の発生段階において奇形を生じさせる作用)があり、妊娠初期に中枢神経系や心臓の形成に異常を起こすことが報告されています。そのため、この薬は、妊娠または妊娠する可能性のある女性には投与しないことを原則とし、やむを得ず投与する場合は避妊を厳守、服用終了後も女性は2年間、男性は6か月間の避妊を求められます。
ビタミン剤を飲んだ後、オシッコが黄色くなるのは、ビタミンB2が尿中に排出されたからです。水に溶けやすい薬はすぐに排出されますが、ビタミンAなどの脂溶性(水に溶けにくい)の薬は、体内の脂肪組織に蓄積し、なかなか排出されないものがあります。エトレチナートも服用終了から2年間たっても体内に残っている可能性があり、長い避妊期間が求められたわけです。
薬やサプリの飲み合わせの影響は未解明
薬やサプリメントで造精機能を改善することは難しいのですが、逆に傷害するものはたくさんあります。エトレチナートや抗がん剤のように強い影響があるものは詳しく研究されています。一方、1種類では造精機能にほとんど影響がなくても、複数の薬、薬とサプリメント、複数のサプリメントを飲み合わせた時、どのような影響があるのかは、ほとんど研究されていません。
見逃してはいけないのは、精子サプリを飲む方は造精機能障害である場合が多く、さらに女性が妊娠するまで長期間飲み続ける場合が多いことです。蓄積性がある成分による慢性毒性、特に造精機能障害の方への影響について細かく研究する必要があります。
排ガスが次世代の精子産生に影響
もう一つ、大気汚染と精巣毒性の関係(内分泌 撹乱 を含む)も重要な問題です。今から20年ほど前、東京都でディーゼル排ガスによる大気汚染が問題になったのを、覚えているでしょうか。横田らは、妊娠しているネズミにディーゼル排ガスを吸わせる実験をしました。すると、吸い込んだ排ガス中の微粒子が母体を介して子どもの精巣へと移行、蓄積し、精子産生に悪影響があることがわかりました。ここで注意していただきたいのは、母親が吸った微粒子が、次世代に影響することです。
今日では厳しい規制により、ディーゼル排ガスは格段にきれいになりました。しかし、この微粒子はPM2.5(2.5マイクロメートル以下の微小粒子)と名前は変わっていますが、みなさんの周囲にあります。中国の大気汚染(火力発電所、自動車排ガス、黄砂等)に由来するPM2.5が日本に飛来し、問題となっています。最近では、マイクロサイズよりもさらに小さいナノサイズの物質(ナノマテリアル)による健康影響も懸念されています。
私たちは、医薬品、サプリメント、PM2.5、ナノマテリアルなどの精巣毒性、造精機能障害への影響を研究し、少しでも良い精子ができるよう、精巣を守りたいと考えています。(東京歯科大学市川総合病院・精子研究チーム)
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