認知症になった認知症専門医が家族と歩んだ3年間……長谷川和夫さん長女・南高まりさん
インタビューズ
認知症になった認知症専門医・長谷川和夫さん 認知症700万人時代へのメッセージ…長女・南高まりさんに聞く
”自分が認知症になり、私もようやく本物の認知症研究者になれたのではないかと思っています”
――「長谷川式簡易知能評価スケール」は、開発から40年余を経てなお、広く診療に使われています。さらに、日本老年精神医学会を設立し、「痴呆」という 侮蔑 的な言葉を「認知症」と改めるのに尽力。この分野では、まさに「レジェンド」といえる長谷川さんが認知症になったことは、社会に大きなインパクトを与えました。
父は、自分が認知症になったのには、必ず何か意味があるはずだ……というようなことを言っていましたね。認知症を「神様から与えられたもの」として受け入れて、その中で、自分にできることをやっていこうとしているんだと思います。
医師だった自分が、入院したりケアをしてもらう立場になって、学んだことがたくさんある。その学びを伝えることが、医療・介護に関わる人たちの助けになるんじゃないか……とも考えているようです。
――長谷川さんが、認知症を静かに受け入れる様子が、多くの人の心を動かしています。この穏やかな受容の背景には、キリスト教徒である長谷川さんの信仰があるのですね。
「認知症にならない方がよかったって思うこともある?」って、聞いたことがあるんです。すると、「それはあるよ」と。やっぱり本音では、いつまでもピカピカでいたかったんじゃないでしょうか。少しずつ症状が進み、いろんなことが思うようにいかなくなって、誰よりももどかしい思いをしているのは父自身のはずですし。
なってしまったものは仕方ない、与えられた状況をありのままに受け入れよう、という心境なのだと思います。
<長谷川式簡易知能評価スケール> 限られた時間で、認知機能の低下を測る「物差し」として、1974年に発表。91年の改訂版は、わずか九つの質問で記憶力や注意力、日時・場所の認識などを調べる。30点満点で、20点以下だと認知症の可能性があるとされる。
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