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Dr.イワケンの「感染症のリアル」

医療・健康・介護のコラム

Go Toと感染者増 「主要な原因」との証拠はなくても

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「エビデンスがない」ことへのよくある誤解

Go Toと感染者増 「主要な原因」との証拠はなくても

 Go Toについては7月にも書きました。あれからだいぶ事情が変わってきたので、再度この話を話題にしたいと思います。

 昔々、ぼくがニューヨーク市で内科の研修医をしていたとき、ある腹痛患者が救急センターから入院してきました。「腹痛の原因がわからないから、内科に入院させてくれ」というのが担当救急医の申し送りでした。しかし、ぼくがその患者を診察したとき、おなかにゴリゴリとたくさんの腫瘤(しゅりゅう)が触れたのでした。がんの腹膜播種(はしゅ)です。

 誰の目にも腹痛の原因は明らかでした。ぼくはくだんの救急医に「さっき、『腹痛の原因がわからない』からと言っていたけど、おなか触ったら、腹痛の原因は明らかじゃないか。もしかして、おなか診察しなかったの?」

 バツが悪そうにしていたその救急医は、ヘラヘラ薄笑いを浮かべながらこう言ったのです。

 「おなかを触って診察することで患者のアウトカムが良くなるなんて、エビデンスはないよ」

  「そりゃ、そうだ。おなかの診察をしない言い訳のために、そんなエビデンスを作ろうなんて愚かな研究者は皆無だからね」

 ヘラヘラの薄笑いは消え失せ、救急医の顔が青ざめました。あー、僕って研修医の頃から口が悪い。

 それはさておき、「エビデンスがない」は3年目あたりの小生意気な研修医が、しばしば誤用、悪用する常套(じょうとう)句です。我々はエビデンスの欠如は、エビデンスの非存在証明にあらず(Absence of evidence is not the evidence of absence)と警告するわけですが、「エビデンスがない」を議論放棄や、適当な言い逃れの道具として使うのは禁物です。現実には「エビデンスがない」というのは嘘で、「エビデンスは常にある」のですが、この辺の臨床医学的、論理学的議論は多くの方には面倒くさいでしょうから、興味のある方だけぼくのブログをお読みください。 https://georgebest1969.typepad.jp/blog/2014/06/14
シリーズ-外科医のための感染症-コラム-「エビデンスないんでしょ」「いやエビデンスは常にある」

「主要」の証明はないが「要因のひとつ」ではある

 で、Go Toの議論でも同様の問題が起きています。ジャーナリストの沙鴎一歩氏は政府の新型コロナ対策分科会が「トラベル事業が感染拡大の主要な要因であるとのエビデンスは、現在のところ存在しない」と述べたことなどを根拠に、Go Toキャンペーン運用見直しは必要ないと主張しています。https://president.jp/articles/-/40791

 Go Toによる感染者は今のところ176人にとどまっている、とも。

 もともとGo Toキャンペーンは観光業や飲食業、あるいは菅政権や自民党支持層といった利益相反を伴うためにどうしても議論が乱暴になり、「観光の邪魔をする奴らは全部敵だ」「菅政権に反論する奴(やつ)らは許さん」的な論者が出没します。もちろん、「コロナ対策の邪魔をする奴らは全部敵だ」や「菅政権には全部反対だー」な議論も同じ理由でダメなわけで、科学的な議論は常にゼロベースで行う必要があります。

 いずれにしても「エビデンスがない」、だからGo Toはオッケー、な論者が見落としているのは、分科会ではGo Toが感染拡大の「主要な」要因であるとのエビデンスはない、と述べていることです。「主要」ではないが、感染拡大の要因のひとつではあるのです。

 感染拡大はいろいろな様式で起きています。Go Toとは関係ない飲食で発生するクラスターもあれば、院内感染もあります。日本の感染者数のグラフだけ見ているとなだらかな線で、あたかも一つの川の流れ、水量が増減するかのように感染者数が増えたり減ったりしているように見えるのですが、現実には日本各地でバラバラに発生している感染者、クラスターを集めると、そういう「流れ」のように見えているだけなのです。

 だから、Go Toとは関係ない感染、クラスターも日本各地で発生しているわけで、それは分科会も理解している。よって、「主要な」とはにわかには言い難いのです。

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岩田健太郎(いわた・けんたろう)

神戸大学教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学卒業。内科、感染症、漢方など国内外の専門医資格を持つ。ロンドン大学修士(感染症学)、博士(医学)。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院(千葉県)を経て、2008年から現職。一般向け著書に「医学部に行きたいあなた、医学生のあなた、そしてその親が読むべき勉強の方法」(中外医学社)「感染症医が教える性の話」(ちくまプリマー新書)「ワクチンは怖くない」(光文社)「99.9%が誤用の抗生物質」(光文社新書)「食べ物のことはからだに訊け!」(ちくま新書)など。日本ソムリエ協会認定シニアワインエキスパートでもある。

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2件 のコメント

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面白く読ませていただきました

鷹山

岩田先生、大変勉強になりました。 特に「楽園はこちら側」のブログ記事(2014年6月14日付)です。 お陰様でEBMの再確認ができました。 政治...

岩田先生、大変勉強になりました。
特に「楽園はこちら側」のブログ記事(2014年6月14日付)です。
お陰様でEBMの再確認ができました。
政治家の皆さんに読んで頂きたいくらいです。
しかし、人間性の問題なので、「エビデンスが無い」で通すのでしょう。
私は、SARS-CoV-2関連文献を毎日読み漁っていますが、GOTOトラベルがウィルス感染拡大の要因になっているのを間接的に立証(考察)できる文献は数多くありますが、否定できる文献は一つもありません。

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エビデンス以前の公理や真理との兼ね合い

寺田次郎 関西医大放射線科不名誉享受

エビデンス以前の話というものがありますよね。 定理や公理を無視して数学の問題を解いた結果を振りかざした場合、エビデンスの真偽や前提条件の話から始...

エビデンス以前の話というものがありますよね。
定理や公理を無視して数学の問題を解いた結果を振りかざした場合、エビデンスの真偽や前提条件の話から始めないといけませんが、政治はそうではありません。
多くの人が思考放棄して、もうそれでいいや、となったら、それが答えになります。

昔の人のセリフではないですが、人はパンのみにて生きるにあらず、新型コロナのみにて死ぬにあらず。
個人の意見としては、率直に言って、コロナにまつわる一部の医療崩壊とトリアージを受け容れて、差別対策などを行いながら経済活動や医療活動をミニマムからミディアムに押し上げて再開する方が望ましいと思います。
理由は、医療以外の問題が直接間接にもっと個人や社会や医療に影響を与える状況が推定されるからです。
新型コロナ問題は医療の一部であって全部ではありません。
今の時点での新型コロナ及び関連ファクターの重症数や死亡者数からすれば、種々の対策や住み分けの発展と共に経済的自由度を上げていかざるを得ないように思います。
GOTOとか大多数の長距離移動を助長する行為に傾斜したのがよくなかっただけで。

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