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ココロブルーに効く話 小山文彦

医療・健康・介護のコラム

【Track8】コロナストレス対応の現場から(下) 孤独、疑心暗鬼…、施設療養中の男性が経験した「拘禁反応」とは

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客観視できない自分を救ってくれた家族

 そんな思いは、だんだんと疑心暗鬼へと変わっていきました。会社の上司や同僚に送ろうと書きかけたメールの下書きには、次のような内容が残されていました。

「(会社が)なにも連絡をよこさないことは、(自分への)関心が無いからなのだろう」
「出社しても、○○(同僚の名)たちが、後ろ指をさすのだろう」

 自分が疎外されているとの思い込みから、まるで迫害を受けているかのような疑念に発展しています。ただ、いずれの文章からも共通してうかがわれるのは、断定していない語尾(「~だろう」)で、「そうはあってほしくない」という本心の表れです。

 メールの下書きからは、自分が考えすぎであることを確認したい意図が見え隠れしていますが、送信を思いとどまらせたのは、自分自身をなんとか客観視できた結果でしょう。

 そんなヨシオさんを救ってくれたのは、やはり家族でした。

 療養生活5日目の夜に娘さんから電話がありました。「お父さんだけが独りぼっちになって、私たちは寂しい」と泣いていたそうです。

 ヨシオさんは、娘さんをやさしく励まし、泣いてくれたことへの感謝を伝えました。この時、自分を心配してくれる存在がいて、同時に、自分が励ます立場の存在でもあることを実感したようです。「家族がバラバラになった」「同僚も信じられない」といったマイナス思考から解放されたといいます。

Track8 コロナストレス対応の現場から(下) 孤独、疑心暗鬼…、施設療養中の男性が経験した「拘禁反応」とは

 これを契機に、ヨシオさんは家族や友人たちと毎日電話で話すようになり、自身の現況や思っていることを吐露する機会が増えていきました。コミュニケーションの回復が、当時の彼自身を、さらに客観視する助けになったことでしょう。

 その後、高熱を発することもなく、入所から10日間が経過し、ヨシオさんは施設療養生活を終えることができました。以後、特に心の変調はありません。ただ、療養中に感じた異常なまでの 寂寥(せきりょう) 感と孤独感、そして会社や同僚への不信感や 猜疑(さいぎ) 的な考えについては、自身の「心の危機」だったと振り返っています。

「拘禁反応」について

 当時のヨシオさんの精神状態は、軽度ながら「拘禁反応」というものです。ある定まった環境に長時間拘束され、自由がきかない状況において発生する症状で、通常の寂しさや不安を超えた孤立感や疎外感、気分の落ち込みなどが見られます。ときには現実検討の意識が弱まり、他者や自身への猜疑心、疑念が強まってしまう場合もあります。ほとんどは、その拘束された環境から解放されると治まりますが、その後、まれに強い予期不安(先行きの心配)や不眠が生じることもあります。そのような場合は、早めに専門医に相談すべきです。

 ヨシオさんの場合、自ら家族や知人らへの連絡を控えたことで、かえって自閉的な状況に陥ってしまいました。また、身の回りの物や衣類もほぼ新調して療養生活に入ったことで、その「退路を絶つ」ような心境が孤独感を強めたのかもしれません。

 今後、感染者への対処方針がどうなるかははっきりしませんが、ヨシオさんのように閉塞感の強い環境に、いきなり身をおくことになる可能性は、誰にでもあります。万が一、そうなった場合は、次のことに気をつけていただきたいと思います。

  1. 家族や友人たちとの連絡は、定期的に行えるようにしておく(頼んでおくのもいい)
  2. 文字のやりとりだけでなく、声を聞け、顔が見えるコミュニケーション手段も保っておく
  3. 普段からなじみのあるものを身につけ、身辺に置いておく(非日常性を強めないため)
  4. 先行きがわからない場合に、情報に振り回されないためにも、過度に調べ過ぎない
  5. 拘禁反応というものが誰にでも起こりうることを知っておき、自身を客観視すること(そのためにも1・2は大切)

 ~ Plusココロブルーへのサプリ 🎧この一曲 ~ 

MOTHER – 押尾コータロー

MOTHER - 押尾コータロー  コロナ禍で感染を恐れるあまり、身近な家族や仲間、親しい存在と距離を置くことが、社会に孤独を蔓延させることにつながってはいないでしょうか。social distance(社会における隔たり)という言葉が推奨されて久しいのですが、海外の文献では、physical distance(体と体との隔たり)の方をよく目にします。もちろん、セルフケアを徹底しながらも、(社会における)心の交流は失わず、むしろ、これから取り戻していかなければなりません。そして、しばらく会えていない、遠くに住む肉親や懐かしい友人との間で、久しぶりの便りや声が、今ほど喜ばれる日々は、そうそうないかもしれないですね。
 アコースティックギタリスト、押尾コータローのベストアルバム「10th Anniversary BEST」には、「Merry Christmas Mr.Lawrence(映画『戦場のメリークリスマス』挿入曲)」や「黄昏」など、かつて耳になじんだ懐かしい調べや、初めて聞くにもかかわらず郷愁にかられるようなバラードが満載されています。この「MOTHER」は、そんなデジャブを感じさせる代表曲でしょう。ふと、目に浮かんだ顔、思い出した声をたどって、ひさしぶりにお互いの今を確かめあえる幸せを大切にしたいと思います。

🎧MOTHER – 押尾コータロー
https://www.youtube.com/watch?v=zEu1cPwjC3U

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koyama-fumihiko_prof

小山 文彦(こやま・ふみひこ)

 東邦大学医療センター産業精神保健職場復帰支援センター長・教授。広島県出身。1991年、徳島大医学部卒。岡山大病院、独立行政法人労働者健康安全機構などを経て、2016年から現職。著書に「ココロブルーと脳ブルー 知っておきたい科学としてのメンタルヘルス」「精神科医の話の聴き方10のセオリー」などがある。19年にはシンガーソング・ライターとしてアルバム「Young At Heart!」を発表した。

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