鶴若麻理「看護師のノートから~倫理の扉をひらく」
医療・健康・介護のコラム
実験されているのと一緒だ…看護師でもある大腸がん患者が「もう治療はやめる」と憤慨したわけ
他院の小児科で看護師として勤務している52歳の男性。大腸がんのステージ4と診断された。本人は「検査や治療が遅れたため、病状が進行したのではないか」という不信感を持っていて、ずっと不機嫌な様子であった。化学療法に伴う 末梢 神経障害があったが、車の運転もでき、仕事は継続していた。しかし、症状緩和のための内服薬による強い眠気があり、夜勤中に患者への対応ができなかったことをきっかけに、病院を退職することになった。
大腸がんの主な標準治療として、CVポート(中心静脈カテーテルの一種で、皮膚の下に埋め込んで薬剤を投与するために使用する)を増設し、外来で行う化学療法へ移行することが推奨され始めた時期だった。在宅での化学療法の管理など、院内での「初めて」のことは、看護師であるこの患者に実施されがちだった。
ある日、外来の化学療法室の看護師に、患者の主治医から「今からそっちに行くので、話を聞いてあげてほしい」と電話がかかってきた。外来から化学療法室にやってきた患者は、ものすごいけんまくで、「もう治療はやめる。だからあいさつに来た。何のために仕事まで辞めて治療してきたのかわからなくなった」と言う。表情はいつも以上に硬く、医療者だけでなく、病院全体に対し不満を募らせていた。
主治医の「変わりはないですよ」という言葉で
看護師は、この患者を化学療法室内の待合室に案内し、話を聞いた。これまでの治療に対し、「同じ医療者だからCVポートでやる外来治療も、この病院で初めてやることには協力してきた。それなのに、『変わりない』って言われたら、実験されているのと一緒だ」と話した。主治医が言った「変わりはないですよ」という言葉が怒りの引き金であった。
看護師は、「医師は、腫瘍そのものが増大しておらず、これまでの治療で効果が出ていることを伝えている」と説明したが、「治療はもうしない」という気持ちは固かった。治療をしない選択をしても、副作用の変化を確認するため、外来受診は継続した方がよいと提案したところ、患者はそれを了承したという。
がんの化学療法に精通している看護師が、自身が看護師でもある患者とかかわるなかで、「治療決定には本人の動機づけが何より重要」と痛感した例として、語ってくれました。
医療に協力したいという思いが…
この事例は、たとえ職業が看護師であっても、一人の患者であることに変わりはないことを教えてくれます。この患者さんは、病院で行われるがんの化学療法に関して、初めての治療を行う患者となることがあり、「自分が看護師であるからこそ協力したい」という思いを持っていたと思います。治療の過程のなかで、CVポートの手技指導や患者用の説明パンフレットについて、「アルコール綿っていう言い方でわかるかな?」「消毒綿をいつ使用するのか、一般の人にはわかりにくいように思う」「高齢者の場合は、自分で針を抜くという手技は難しいのではないか。代理で行ってくれる人はいるのだろうか」など、患者でありながら、看護師としての職業意識から、いつも意見を言ってくれたそうです。実際、それが患者用パンフレットの再改訂につながり、電話サポートを受ける患者が戸惑いやすいことについても知ることができました。助言が役立ったことを患者さんに伝えると、喜んでいたといいます。
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