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[タレント・女優 青木さやかさん](上)ずっと不仲だった母のホスピス通い 「嫌い」の気持ちが消えた「最期の時間」
“キレキャラ”で人気を博したタレントの青木さやかさん。現在は、舞台やドラマで女優としても活躍し、12月5日からは三谷幸喜さん演出の舞台「23階の笑い」(東京・世田谷パブリックシアター)に出演します。私生活では昨年、長く不仲だったという母親をがんで亡くしましたが、毎週のようにホスピスに通い、後悔のない最期を迎えられたそうです。(聞き手・藤田勝、撮影・小倉和徳)
テレビ業界を巡る舞台に出演
――今度の公演の舞台は1953年の米国のテレビ業界で、バラエティーショーにかかわる人たちの物語。共感するところも多い?
テレビ番組って、ドラマなど以外は、たいていゴールを決めずにスタートするので、番組の調子が悪くなってきた時の悲しさ、そういう状況での頑張り、でも結局、終わることになった時の締めくくり方とか、自分の経験と重なる部分は多いですね。
――稽古は順調ですか。
私は、コメディアンの事務所の秘書で、笑いをわかる人たちばかりの中で唯一、笑いがわからない、でも笑いがすごく好き、という役です。舞台に登場する順番が遅いので、他の人の稽古を見ている時間が結構ありますが、稽古を重ねるごとに、そこが「23階」のように感じて、それぞれのキャラクターが見えてきました。毎回、プロデューサーのような目線で見ています(笑)。
――女優の仕事はどうですか。
人と会話するのが、すごく楽しいかな。最初のころは、ひとりでセリフを覚えて、ひとりでもがいていたような感覚がありましたが、そうじゃなくて、誰かと話すのってすごく重要なんですね。それは、女優の仕事に限ったことではないかもしれないですけど。
私は全然ほめてもらえなかったな
――昨年、お母さんを亡くされました。不仲だったと話されていますが、両親が教師で、家庭が学校みたいに窮屈だったんでしょうか。
いえ、きちっと育ててもらったし、子どもころは、どうということはなかったです。比べるものがないですし。
成長して、他の人と比較したときに、「私は全然ほめてもらっていなかったな」「注意されてばかりだったな」って、わかるようになりました。
――お母さんのことを嫌いだとはっきり意識したのは?
私の高校時代、母が離婚したときですね。いい大学を出て、当時は教師が一目おかれる職業でもあり、「いいところのお嬢さん」みたいだった母のイメージが、崩れてしまった……というのはあったかもしれないですね。
――青木さんのタレントとしての活躍をどう思っていたんでしょう。
もう一緒に住んでいなかったし、会話自体もなかったので、よくわかりませんが喜んではいなかったと思います。
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