後閑愛実&ゆき味「看取りのチカラ」
大切な人を看取(みと)るとき、人は何を思い、看取りは、残された人々にどんなチカラを与えてくれるのか。後悔しない看取りについて、現役の病院看護師、後閑愛実さんが、ゆき味さん作画の漫画と文章でつづります。
医療・健康・介護のコラム
「看取りのチカラ」第9話 お別れのあいさつ
「後は頼む……」 別れのシーン 病院では
あなたは、新しい世界へ旅立つ大切な人へ、 餞 (あるいは 手向 け)として、「さよなら」や「ありがとう」を伝えたいですか?
あるいは、あなたが旅立つ時、家族に伝えたいと思いますか?
ヒーローアニメなどで見られる「あとは頼む……」と別れの言葉を残して絶命するシーン。在宅医療ではたまに耳にしますが、病院では、ほぼありません。多くの人は、死ぬ前に意識不明の状態となります。
医療を受け続ければ、意思疎通ができないまま、何日か、何か月か、あるいは何年か生きることになり、しゃべることもできないまま、いずれは息を引き取ります。最期にあいさつをと思っていても、最期がいつかは誰にもわからないので、そうそうできるものでもありません。しかし、私は病院で、1度だけ死の間際にお別れのあいさつをした患者さんの最期に立ち会ったことがあります。
肺がんで入院していた70歳代の男性から、朝方5時頃、急に息苦しくなったとナースコールがありました。真っ青な顔で息は途切れ途切れ。とても苦しそうで、医師を呼び診察してもらいました。検査の指示が出て、準備をしようとしたところ、患者さんに「そんなことより、家族を呼んで」と言われました。
もともと、これ以上の積極的な治療はしないと話し合っていたので、死期を悟ったのかもしれないと感じ、急いで家族に電話をしました。家族も、延命治療はしないと承諾していました。患者さんは残された時間を治療するよりも、家族と最後の会話をすることに使うことを望んだのです。
奥さんが、心配そうに患者さんに話しかけます。「あんた、苦しくないかい?」「俺は大丈夫だよ。おまえは体を大事にな」。お互いを気遣うような言葉をかけ合っていましたが。患者さんは次第に声が小さくなっていき、数分後には反応がなくなりました。奥さんは息が止まっても、しばらく声をかけ続けていました。
医師による死亡確認がなされた後、「立派で優しい旦那さんですね」と奥さんに声をかけると、「自慢の夫です!」との返事が返ってきました。さっきまで心配で不安げな表情でいた奥さんが、堂々とした表情に変わっていました。夫婦で歩んだこれまでの人生の総括だったり、いろんなものを受け取ったり。臨終のときが、家族のかけがえのない時間となったように感じました。
もし治療をしていたら、もう少し長生きできたかもしれません。ですが、患者さんが望んだ、家族との会話はできなかったと思います。
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