文字サイズ:
  • 標準
  • 拡大

中川恵一「がんの話をしよう」

医療・健康・介護のコラム

発がんの最大の要因は「運」!?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

遺伝子のコピーミスでがん細胞が発生

発がんの最大の要因は「運」!?

 がんは増殖に関する遺伝子に変異が積み重なって細胞が不死化することが原因です。そして、細胞分裂の際に、この突然変異がもっとも起こりやすくなります。

 細胞の分裂に先だって、遺伝子の複製が行われますが、ここでDNAが不安定となり、遺伝子の「コピーミス」が起こることがあります。この突然変異が、たまたま発がんに関連する遺伝子に起こると、がん細胞ができやすくなります。

 心臓にほとんどがんができないのは、心筋細胞では原則、細胞分裂がみられないため、突然変異もみられないことが理由です。

 脳には悪性の脳腫瘍ができることがありますが、これは神経細胞から発生するものではありません。神経細胞は、常時伸縮している心筋細胞と同様、極度に「分化」していて(電気を使って、情報通信を行っています)、細胞分裂は行えません。神経細胞を支え、自身は細胞分裂も行う「神経膠(こう)細胞」から多くの悪性脳腫瘍が発生するのです。

長生き、喫煙、飲酒、感染症……

 さて、遺伝子のコピーミス自体を完全に避けることはできませんから、長生きをして細胞分裂の回数を重ねていけば、がん細胞が発生する確率も高くなっていきます。がんが年齢とともに増えていくのは当然です。日本男性の3人に2人、女性の2人に1人がこの病気に罹患(りかん)するようになった理由は、急速な高齢化にあります。

 また、喫煙、飲酒などの生活習慣や感染症などの環境因子は遺伝子の複製ミスの確率を大きく左右します。

 がん関連の感染症として重要なのは、胃がんの原因の98%とされるピロリ菌や子宮頸(けい)がんの原因のほぼ100%といわれるヒトパピローマウイルス、肝臓がんの原因の約8割を占める肝炎ウイルス(C型、B型)などです。

 この三つのがんよりは珍しいですが、主に母乳を介して感染するヒトT細胞白血病ウイルス(HTLV‐1)が原因となる「成人T細胞白血病(ATL)」という白血病もあります。全国でも、沖縄県で白血病の罹患率が高いのは、このHTLV‐1が沖縄周辺に多いからです。

 なお、遺伝の影響は環境因子よりずっと少なく、発がんの原因全体の5%にすぎません。

コピーミスを100%は防げず

 しかし、環境因子に全く問題がなくても、ミスを100%排除することはできません。遺伝子の偶発的なコピーミスが、がん発生の背景にありますから、がんができるかどうかには「運」の要素もあると言えます。たばこを吸わない私が膀胱(ぼうこう)がんになったのも「運が悪かった」ということになります。

 米国の研究者が2017年に米科学誌サイエンスに発表した論文では、発がんをもたらす遺伝子変異の3分の2は、偶然起きたDNAの複製エラー、つまり「不運」によるものだと結論づけています。発がんの最大の要因は「がんに関連する遺伝子に起こる偶発的な損傷」、つまり運だというわけです。

 喫煙や飲酒などは遺伝子にできるキズの発生頻度を高めます。運動やカロリー制限は損傷の頻度を下げますが、どんな立派な生活をしていても、生きているだけで遺伝子には「経年劣化」が起こります。年齢とともに、がんができやすくなるのはこのためです。

生活習慣の改善でリスクを減らす

 ヘビースモーカーで大酒飲みでもがんにならない運のよい人もいます。逆に、完璧な生活習慣でもがんになることがあります。検診もすべてのがんを見つけることは不可能です。がんには運の要素もあることは確かです。

 がんだけでなく、人生には運・不運がつきものです。仕事でも、出世でも、実力だけで決まるものではありません。私生活も同様でしょう。もちろん、個人の努力も大切ですが、運の要素を否定することはできません。

 がんは人生の他のほとんどの出来事と同じく、運に左右される病気です。しかし、がんにまつわる運・不運は知識や行動で、ある程度までコントロールが可能です。

 生活習慣を整えることで、がんのリスクを大きく減らすことができます。さらに、運悪く、がんになっても、がん検診で早期に発見すれば、9割以上完治します。がんの運・不運は、交通事故や天災といった不可抗力とは別だと言えるでしょう。

 何事も「人事を尽くして天命を待つ」ことが大切ですが、がんとの向き合い方も同様だと思います。

 男性の3人に2人、女性でも半数が、がんになります。「人生100年」に立ちはだかるこの壁を、知識と行動で乗り越えていただきたいと思います。(中川恵一 放射線科医)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • チェック

nakagawa-keiichi

中川 恵一(なかがわ・けいいち)

 東京大学医学部附属病院放射線科准教授、放射線治療部門長。
 1985年、東京大学医学部医学科卒業後、同学部放射線医学教室入局。スイスPaul Sherrer Instituteへ客員研究員として留学後、社会保険中央総合病院(当時)放射線科、東京大学医学部放射線医学教室助手、専任講師を経て、現職。2003~14年、同医学部附属病院緩和ケア診療部長を兼任。患者・一般向けの啓発活動も行い、福島第一原発の事故後は、飯舘村など福島支援も行っている。

中川恵一「がんの話をしよう」の一覧を見る

<PR情報>

コメントを書く

※コメントは承認制で、リアルタイムでは掲載されません。

※個人情報は書き込まないでください。

必須(20字以内)
必須(20字以内)
必須 (800字以内)

編集方針について

投稿いただいたコメントは、編集スタッフが拝読したうえで掲載させていただきます。リアルタイムでは掲載されません。 掲載したコメントは読売新聞紙面をはじめ、読売新聞社が発行及び、許諾した印刷物、読売新聞オンライン、携帯電話サービスなどに複製・転載する場合があります。

コメントのタイトル・本文は編集スタッフの判断で修正したり、全部、または一部を非掲載とさせていただく場合もあります。

次のようなコメントは非掲載、または削除とさせていただきます。

  • ブログとの関係が認められない場合
  • 特定の個人、組織を誹謗中傷し、名誉を傷つける内容を含む場合
  • 第三者の著作権などを侵害する内容を含む場合
  • 企業や商品の宣伝、販売促進を主な目的とする場合
  • 選挙運動またはこれらに類似する内容を含む場合
  • 特定の団体を宣伝することを主な目的とする場合
  • 事実に反した情報を公開している場合
  • 公序良俗、法令に反した内容の情報を含む場合
  • 個人情報を書き込んだ場合(たとえ匿名であっても関係者が見れば内容を特定できるような、個人情報=氏名・住所・電話番号・職業・メールアドレスなど=を含みます)
  • メールアドレス、他のサイトへリンクがある場合
  • その他、編集スタッフが不適切と判断した場合

編集方針に同意する方のみ投稿ができます。

以上、あらかじめ、ご了承ください。

最新記事