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【1】ギャンブルの沼 5 闇カジノの誘惑とワナ

シリーズ「依存症ニッポン」

闇カジノの誘惑とワナ(上) 頭は切れ、コミュ力の高い若者が、あっという間に「壊れる」まで

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闇カジノの誘惑とワナ(上) 頭は切れ、コミュ力の高い若者が、あっという間に「壊れる」まで

 同乗者がだれもいないエレベーターを降り、雑居ビルの外に出た。

 2012年11月、時計の針は午前6時を指していた。大阪・ミナミの道頓堀の近く。薄暗い早朝の街で動いているのは、ゴミ収集車とネズミぐらいだった。

 前夜10時頃、このビルの5階で営業する闇カジノに、タイガ(27=当時)が入店したとき、繁華街の隅々にまであふれ返っていた酔客や客引きは、きれいにいなくなっていた。

 どこかに消えてしまったのは、人の姿だけではない。タイガの手元に残っていた最後の205万円が、一晩のうちに「バカラ」の闇に溶けてなくなった。頭の中は真っ白で、かろうじて残ったのは虚無感だけ。悔しいという感情などは、とっくにどこかに置き忘れていた。

 3時間後には、会社員としての日常が始まる。

 もう、どうでもよかった。

 自分のクルマを止めた駐車場までトボトボ歩いていると、タイガは不思議な感覚に包まれた。自分のすべてが壊れていく奇妙な陶酔感。今の生活、社会人としての立場、そしてこれまで過ごしてきた時間など、すべてがゼロに戻ろうとしている。

 自暴自棄とも違う。格好よく言うなら滅びゆく美学――、か。

 これまで、どれだけの金額をギャンブルに突っ込んできたのか。返済の迫っている借金は、いくらなのか。そして……、自分の人生は、まだ続くのか。

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ヤンキーなんてダサいから

 タイガが大阪南西部の工業地域、泉州で生まれたのは1985年10月16日。くしくも阪神タイガースが21年ぶりのセ・リーグ制覇を決め、関西が沸き立った日だった。

 小さな会社を営む両親のもと、地元の「だんじり祭り」を楽しみにしながら成長していった。小学生の頃から、クラスの明るいお調子者。勉強はできた。ほとんど努力をしないのに、常に成績はトップクラスだった。

 中学に入ると、一転して、教師から目を付けられる存在になった。髪を染めて、ピアスをし、友人と一緒に遊んでばかり。勉強なんかまったくしない。とはいえ、恐喝カツアゲをしたり、他校の生徒にからんで、けんかになったりなどの問題は起こさなかった。

 ヤンキーなんてダサい――。タイガの目にはそう映っていた。

 生まれて初めてパチンコ店に入ったのも、この頃だった。「当時のお店はゆるゆるでした。コソっと入店すれば、未成年だと知られても、黙認されていました」

 もちろん、ギャンブルに入れ込みはしなかった。中学生だった、まだこの頃は……。

 中3の秋になって、やっと高校受験の勉強を始めた。中学の勉強なんかやればできる。

 それに加え、日頃の素行は悪いくせに、タイガ自身には母親を落胆させたくないとの思いが強く、入学するなら、「ある程度、名前の知られた私立高校」と考えた。

 「 本気(ガチ) で勉強すれば、どこにだって受かるチャンスはあると確信していました」

 3か月ほどの間、それこそ「ガチ」に机に向かった。真剣になったら、とてつもない力を発揮する。その結果、関西でも広く名の知れた和歌山県の名門進学校に合格した。親は喜び、自分の面目はしっかりと守った。

 ただし、高校に入ると、中学以上に「浮いた存在」になった。関西一帯から集まってくる優等生たちに交じって、相変わらずの茶髪にピアス。胸ポケットには、いつもたばこが収まっていた。学校をさぼり、中学時代の友達とつるんで遊んでばかりの毎日で、進学校にとっては、あまりにも異質な「不純物」だった。

 生活態度が悪く、世の中をなめ切っている。なのに、頭の回転の速さと要領の良さで、目の前のハードルをあっさり飛び越えてしまう――。いつの時代だって、学校にも、そして社会にはそんな存在がいる。タイガはまさにそのタイプだった。クラスのだれもが大学受験のことばかりを考えているのに、タイガの頭の中は「何かおもしろいことはないか」で占められていた。

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中学、高校と浮いた存在だったが…

パチスロ4号機は、必ず勝てる「ギャンブル」

 高1のときに、中学時代の親友、それに彼の5歳年上の兄に連れられてパチスロ店に行った。親友の兄はパチスロで生活しているプロで、タイガたちにも必ず勝てる方法を教えてくれた。言われた通りにすると、本当にもうかった。

 2000年前後、パチスロは「4号機」と呼ばれる「爆裂台」の全盛期だった。「獣王」「北斗の拳」「初代ミリオンゴッド」「サラリーマン金太郎」……。勢いに乗れば、1時間に5000枚近いメダルが出ることもあった。メダルは1枚20円なので、等価交換の店なら5000枚で10万円の 利益(あがり) になる。

 パチンコやパチスロは、どんなに派手に光や音で演出しても、結局、機械の中で「当たり」「はずれ」を抽選しているだけ。普通に座って打っていれば、一定の確率で負ける。だが、「勝ち方」があった。台の種類ごとの知識、店の設定のクセなどを把握すれば、負けない方法論が存在した。だからこそ、本来は、運が左右するギャンブル(法的にパチンコ・パチスロは「遊技」とされるが)に、それを生業とする「プロ」が存在した。

 パチンコの場合、手元からはじいた球が特定の入賞口に入ることで、初めて「当たり・はずれ」の抽選権が発生するため、台のクギの塩梅が勝敗を左右する。一方のパチスロは、メダルを入れ、マシンをスピン(起動)させることで、プレーヤーは必ず抽選権を得られる。勝敗を分けるのは、それぞれの台に設定されている「大当たりの確率」だ。

 多くの機種は、もっとも当たる確率の低い「設定1」から、最高の「設定6」まで割り振りができるようになっており、「胴元」、つまり店側が台ごとにセットしている。設定の高い台を増やせば客はもうかり、店側に利益が出ない。かといって、低設定の台ばかりを並べ、「勝てない店」「遊べない店」と認識されれば、客が寄り付かなくなる。

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パチスロ依存へといざなう「天国モード」

 タイガが、親友の兄から教わった「必勝法」はこうだ。

 彼らがターゲットにしていたパチスロ店は、常に台の設定が渋かった。つまり、「設定1」や「設定2」が多く並ぶ。何も考えずに、漫然と打っていたら、店にとっては「いいお客さん」でしかない。それだけなら、だれもこの店に行かなくなる。

 だが、パチスロには、客の射幸心をあおるための仕掛けが、もう一段、深い階層で手招きしている。

 当時の4号機には、設定にかかわらず、大当たりが発生するたびにマシンの中で再抽選し、「天国」「通常」「低確」という三つのモードがランダムに切り替わる機能があった。抽選の結果、「天国モード」に入れば、どんなに低設定でも間もなく次の大当たりがやってくる。俗にいう「連チャン」だ。

 仮に、「設定1」の大当たり確率を600分の1、つまり600回スピンさせないと当たらないとしたら、「天国モード」に入れば、100回以内に必ず大当たりが来るようにマシンがプログラムされている。

 したがって、どんなに低設定台が並んでいても、「天国モード」に入っている台を選べば間違いなく勝てる。このモードが続けば、山盛りになったメダル容器が、プレーヤーの足元に積み上がっていき、文字通り、天国の気分を味わえる。

 一方、「低確モード」に入ってしまえば、どんなに高設定の台だとしても、打っても、打っても次の当たりはなかなか来ない。

 人がパチスロに依存する理由の一つは、この2段階抽選が呼び起こす期待感だ。

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「天井機能」を生かしてハイエナに

 そこで、ほかの客の状況を確認し、だれかがやめた台で「天国モード」に入っている可能性があれば、それがはっきりする一定の回転数まではプレーを続ける。俗に「ハイエナ」と呼ばれる方法だ。

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パチスロは絶対に勝てた

 さらに、4号機のほとんどには、一定の回転数まで外れが続くと、必ず当たりがやってくる「天井機能」がある。たとえば、1500回転が「天井」だとすれば、どんなに低設定でも、その回転数に到達したところで強制的に大当たりになり、モードの抽選で「天国」に切り替わる可能性がある。天国モードとは、いわば「天井」が低く下がったままの状態と言い換えることができる。

 仮に、天井1500回転の台で、ほかの客が1400回転まで回してあきらめたり、軍資金が尽きたりしたら、ハイエナの餌食になる。100回転以内に必ず当たりがくることがわかっているからだ。そして、その台が天国モードに切り替わる可能性が十分にある。

 タイガたちは、毎晩、閉店近くになって、大勢の客の状況や回転数を確認し、台ごとにどのモードに入っているかを推測した。閉店後、店内の電源がオフになり、台ごとの回転数を示すカウンターがゼロに戻っても、前日のモードが消えるわけではない。「天国」に入っている可能性のある台や、回転数が天井に近づいている台は、翌朝一番に入店して、確保する。

 気をつけるのは、月に2度、この店がすべての台の設定変更をする日、つまり前日のモードがリセットされたときだけでいい。

これはギャンブルではない……

 そのほかにも、細かいテクニックはあったが、複数のメンバーでこれらの方法を実践すれば、間違いなく利益が出た。店側も、ある程度、客が出している状態を見せたほうが、新規の客を呼び込みやすいため、あえて追い払うことはしない。タイガは4人の友人グループを作って、毎日のようにパチスロ店に入り浸った。

 もちろん、日によって「あがり」にはばらつきがある。4人で30万円以上も勝てる日があれば、5,6万円程度にとどまる日もある。だが、勝率は100%。平均すると、1人当たり3万円程度の金が懐に入ってきた。高校生には不相応な額がたまっていく。タイガの自宅の机の中には、いつも100枚単位の一万円札が無造作に突っ込まれていた。

 ただし、これはギャンブルではない。単調な「金もうけ」。

 「知識とデータを金にする。ギャンブルというよりも、『地道な作業』というイメージでした」

 報酬を期待させて、ギャンブル沼に引きずり込もうとする脳内の神経伝達物質が出ているわけではないので、依存とは無縁だった。

 素人は、「勝てるかもしれない」「きっと勝てる」という根拠のない期待感から、無戦略でギャンブルに金を突っ込み、たまに運に恵まれることで依存への扉を開いてしまう。その先には、落とし穴が口を開いて待っていることに気づかずに。

 戦略的、かつ冷酷に客にカネを使わせようとしている「胴元」に対し、ドーパミンなど、脳内に放出された神経伝達物質に踊らされている依存症予備軍が太刀打ちできるはずがない。近年は、愛好者が減った上に、新型コロナウイルスの影響が追い打ちをかけて、閉店に追い込まれるパチンコ・パチスロ店が増えてきたようだが、本来、ギャンブルには胴元に利益が出るような仕組み、つまり「ビジネスモデル」が確立している。

 負けないことがわかっていたタイガたちに、報酬期待の脳内物質ドーパミンなどは出てはいない。したがって、勝負事としてしびれることなどなかった。

 まだ、このときは……。

パチスロ通いで留年したが

 開店時刻からパチンコ店に入り浸れば、学校には行けなくなる。当然の結果、出席日数が足りなくなったタイガは、早くも1年生で留年が決まった。金には不自由しなかったため、気持ちが大きくなり、「もう、退学してもいい」とも考えたが、親に説得されて、学校に残ることになった。

 学年をダブったタイガは、1歳後輩たちに交じって、出席や課題の帳尻を合わせつつ、同じような日々を送り続けた。パチスロ店にいないときは、派手に遊ぶ。欲しいものがあったわけではない。バイクにも楽器にも、まったく興味はなかった。その分、着るものや飲食、そして、女の子相手に好きなだけ金を使っていた。

 ちなみにタイガは、身長は普通だが、ある人気俳優に目鼻立ちがよく似ている。アタマが切れ、カネ回りよく遊びまわっている進学校のイケメン男子が、女の子にもてないわけがない。

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 高3になると(正確には4年生)、誰もが次への選択を迫られる。

 地元には、中卒で社会に出たり、高卒で就職したりした友人がいた。最終学年を迎えたタイガの目には、彼らがわずかな給料のために、毎日を退屈な労働に埋没させているようにしか映らなかった。

 そんな生活はまっぴらだ。もちろん、ずっとパチスロで生きていけるわけがないことは、わかりきっている。将来のイメージは何もなかったが、大学に行けば、あと4年間の猶予期間(モラトリアム)が迎えてくれる。進学を決めた。

 自分が行くのなら、それなりに名前のあるところでなければ。さすがに関西の最上位私大とされる「関関同立」は厳しいとしても、それに準ずるぐらいの大学に……。高校受験で進学校に合格したとき、喜んだ母親の顔も脳裏にちらついた。

 3年生の秋から、再び受験勉強に取り組んだ。その結果、本当に「関関同立」に続くレベルの大学の経営学部経営学科に合格した。わずかな時間で結果を出す集中力と手際、そして要領の良さには舌を巻くしかないが、本人にしてみれば「ガチになればこんなもの」だったのだろう。

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染谷 一(そめや・はじめ)

読売新聞東京本社メディア局専門委員
 1988年読売新聞社入社、出版局、医療情報部、文化部、調査研究本部主任研究員、医療ネットワーク事務局専門委員などを経て、2019年6月から現職。

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