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在宅訪問管理栄養士しおじゅんのゆるっと楽しむ健康食生活

医療・健康・介護のコラム

形のある料理を食べられないことは「かわいそう」なのですか?

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 仙台では紅葉が一気に進み、日に日に寒さが増しておりますが、季節の変化に体調を崩していませんか? 我が家ではとうとうコタツを出しました。一度コタツに入ると、なかなか出ることができなくなりますね。

 先日、SNSを眺めていたら「流動食を食べて生きるくらいなら死んだ方がまし」という趣旨のつぶやきが流れてきました。読者のみなさんの中にも、そのような考えを持っている方がいらっしゃるかもしれません。ビールを愛してやまない私も、とろみのついたビールなんて、ビールらしさが半減しているのではないかと思います。しかし、もし私が 嚥下(えんげ) 障害になってしまったら、とろみをつけてでもビールを飲みたいです。

「最後の晩餐」になるかもしれない病院給食

 以前、私は約300床の長期療養型病院で入院患者さんの栄養管理を行っていました。患者さんの栄養状態や食事療法、食物形態を考慮して献立の内容を調整し、給食を提供する 厨房(ちゅうぼう) との橋渡しをします。お膳がぎっしりと詰まった「配膳車」を病棟に出す直前の厨房には、スタッフの怒号に近い声が響き、さながら戦場のようでした。

 「こっちのお膳にヨーグルトがついてないよ!」
 「こっちはメインの肉料理が一口大にカットされていない!」
 「この糖尿病1200kcalの人のごはん、重さを確認して!」
 「急いで!!あと3分で配膳車を出すよ!」

 時間通りに食事を病棟に届けることは、栄養科の重要な責務です。3度の食事の時間が、病棟のスケジュールに大きな影響を与えるので、配膳車が遅延することは、病院全体に迷惑がかかります。

形のある料理を食べられないことは「かわいそう」なのですか?

食べやすく、栄養価の高いポタージュスープ

 ある日、ペースト食を試食したところ、味が薄くてとてもおいしいとはいえないものでした。調理をしたスタッフに味見をしたかどうか確認したところ、「私はペースト状の料理が苦手なので、味見はしませんでした」と言うのです。私はこみ上げる怒りを抑えながら、「必ず試食してください。味だけでなく、固さや滑らかさなども、プロとして自分の舌と喉で確認してください」とお願いしました。

 もし、自分が食べる側だったらどう思うでしょうか。入院患者さんに提供する食事ですから、病気の進行によっては、それが「最後の 晩餐(ばんさん) 」になる方がいるかもしれません。厨房スタッフの言葉がどこか人ごとのようで、とても悲しくなりました。

「ペースト食なんてかわいそう」と言わないで

 配膳車が病棟に到着する頃、各病棟の担当管理栄養士は患者さんの食事の様子を見に行きます。広いフロアには入院患者さんが集められ、それぞれの食事が運ばれていきます。例えば、糖尿病で嚥下障害がある方の場合、「のみ込みやすくした糖尿病食」が提供されます。中には、料理をミキサーにかけてペースト状にした食事もあります。ムース状の魚や肉には、さまざまな「たれ」をかけることで、主菜が単調にならないよう工夫していました。

 昼食時に病棟を回っていると、入院患者さんのご家族や親戚がお見舞いに来院していることがあります。そんなとき、ご家族が「こんなペースト状の食事なんてかわいそうね」とつぶやくことがあります。ご本人は、好き好んでペースト状の食事を食べているわけではありません。脳卒中による嚥下障害や、進行性の難病などによって、形のある食べ物を食べることが難しいため、やむをえず加工しているのです。「かわいそう」という一言に、傷つく患者さんもいらっしゃいました。

 いつか自分も同じ状況になるかもしれないとは想像できないのかもしれません。だったら、歩けない人が車いすで移動することも「かわいそう」なのでしょうか。障害があっても、好きなところへ移動したい。でも歩くことができないから、車いすを使っているのに、やはり短絡的に「かわいそう」と言えるでしょうか。食べることの障害も同じです。

ペースト状でも見た目に美しく、おいしく

形のある料理を食べられないことは「かわいそう」なのですか?

おはぎのゼリー

 最近はペースト状の食事でも、ほとんど本物と変わらない見た目の料理を作ることが可能になりました。液体にとろみをつける「とろみ剤」はよく知られていますが、ミキサーにかけた料理をムース状やゼリー状に加工できる「ゲル化剤」が普及してきたためです。

 例えば、おはぎやうどんなど(写真)、これは私が実際に訪問栄養指導で調理したもので、見た目はほとんど実物と変わりませんが、ゲル化剤の作用により容易にのみ込むことができます。ゲル化剤にはいくつかの種類があり、ミキサーにかける食材によって使い分ける必要があります。使い方を誤るとかえって危険な硬さになることがあるため、利用する場合には管理栄養士など嚥下食の専門職による指導を受けてから使っていただきたいと思います。

形のある料理を食べられないことは「かわいそう」なのですか?

うどんも軟らかく、のみ込みやすいように工夫して

 私は日ごろ「食べ物をのみ込みやすく加工する方法」を指導する立場にありますが、ペースト状にして食べやすく、のみ込みやすくするのは「最終手段」であってほしいのです。まずは硬いものでも食べられる「健康な口」を維持していただく。食事の時間にはしっかりと覚醒して、安楽でのみ込みやすい姿勢に工夫します。それでも食べ物の形を工夫しないとむせてしまう方には、「健常な人もうらやむような美味しいペースト食」を提供して、誰にも「かわいそう」などと言わせないようなサポートをしていきたいと思っています。(在宅訪問管理栄養士 塩野崎淳子)

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塩野崎顔2_100

塩野崎淳子(しおのざき・じゅんこ)

 「訪問栄養サポートセンター仙台(むらた日帰り外科手術WOCクリニック内)」在宅訪問管理栄養士

 1978年、大阪府生まれ。2001年、女子栄養大学栄養学部卒。栄養士・管理栄養士・介護支援専門員。長期療養型病院勤務を経て、2010年、訪問看護ステーションの介護支援専門員(ケアマネジャー)として在宅療養者の支援を行う。現在は在宅訪問管理栄養士として活動。

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