ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
医療・健康・介護のコラム
癒やし猫(上)ペットの猫を亡くし、認知症になった男性 ホームでトラと出会い…
入居後、トラが大のお気に入り 体調も回復
息子さんの期待は最高の形でかなえられました。斎藤さんは劇的な回復を見せたのです。その原動力はトラでした。トラは、斎藤さんが初めてホームに来た時、車いすに座る斎藤さんの膝の上に飛び乗り、おなかにスリスリして、大歓迎をしました。それ以来、トラは斎藤さんの大のお気に入りになったのです。
トラと一緒にいる時、斎藤さんの顔には生き生きした表情が浮かんでいました。トラを探して、手すりにつかまりながら歩き回っているうちに、車いすは不要になりました。老人ホームに入った入居者が、整った環境と充実した介護体制により元気になることは多いのですが、これほど劇的に回復した方は珍しいです。こういうことが起きるのも、トラと文福の共通点ですね。
猫たちに囲まれ、大声で歌う
斎藤さんは歌がお好きで、よくリビングの床にあぐらをかいて大声で歌っていました。その脚の間には、トラがちょこんと座っています。そうしていると他の猫たちも集まってきます。猫に囲まれて歌う斎藤さんの姿は、おとぎ話の主人公みたいでした。
斎藤さんはリハビリも頑張っていました。毎日、車いすを押して、廊下を何往復も歩いたのです。車いすの上にはトラが鎮座していました。職員がそうさせたのではありません。誰に教えられたわけでもないのに、トラは自ら斎藤さんが押す車いすに座っていたのです。まるで斎藤さんを応援するかのように。
前のエピソードでお話しした、渡辺さんの愛犬のナナちゃんも同じ行動をしていましたが、気まぐれな猫が、しかもナナちゃんと異なり、飼い主ではない人のリハビリに付き合って、揺れる車いすの上でじっとしているなんて信じられないことです。まさに癒やし猫の本領発揮、というところでしょうか。
願い通り、トラに看取られ旅立ち
「俺はトラに看取ってほしいんだよ」。これが斎藤さんの口癖でした。その願い通り、斎藤さんがご逝去された時には、その枕元にトラが寄り添っていました。トラに看取られて斎藤さんは旅立ったのです。
トラをはじめとする大好きな猫たちと一緒に暮らした最期の2年間、斎藤さんは幸せだったと思います。斎藤さんを幸せにできたという一点だけでも、私たちが挑戦している、ペットと暮らせる特別養護老人ホームという取り組みには意味があったと思っています。(若山三千彦 特別養護老人ホームさくらの里山科施設長)
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